スムーズに話すことが難しい障害、吃音(きつおん)をご存じでしょうか。
言葉が出てこない、話し始めに「あ、あ、あ」「えーっと」と言ってしまうことは、誰でもあります。そのため、それが障害だと気付く人は少ないかもしれません。
実は吃音者は100人に1人、日本では約130万人いるといわれています。就活でも面接官に心ない言葉を言われるなど、精神的に追い詰められてしまう人も少なくないですが、困難を乗り越えて内定を取る人もたくさんいるのです。
今回取材したのは、コンサルに内定した吃音者のAさんと、NPO法人日本吃音協会(SCW)理事長の藤本浩士さん。Aさんはどんな症状に悩み、どのように就活を乗り越えたのか。そして専門家の観点から藤本さんに解決法を伺いました。
<目次>
⚫︎「どうしても言わないと」プレッシャーで言葉が出なくなってしまう
⚫︎働きやすさは「話さない」環境ではなく「成長させてくれる」環境
⚫︎吃音だから無い内定は思い込み。自信をつけるために「スカウト」を使おう
⚫︎「こんな自分はだめだ」と思ったら試してほしい3つのこと
⚫︎傷ついた経験も。だからこそ適切な対応を周りに伝えてほしい
「どうしても言わないと」プレッシャーで言葉が出なくなってしまう
2022年卒の学生であるAさん。大学1年生の頃に吃音を発症しました。
ひとくちに吃音といっても、大きく3つの症状があります。Aさんは、難発性の症状でした。
⚫︎連発:音の繰り返し。喋(しゃべ)り出すときに「あ、あ、あ」と発する。
⚫︎伸発:引き伸ばし。「あーりがとうございます」のように、伸ばして発する。
⚫︎難発:言葉が出ずに間が空いてしまう。
「誰だって言葉に詰まることはある」。そう考えて、はじめは気にしていませんでした。
ところが、特定の状況で症状が出やすくなると気付きます。
Aさん:塾のバイトで、電話をかけるときに言葉が出てこなくて困りました。社名を言わないといけないのに、どうしても言えない。ジェスチャーもできないですし。
他にもパン屋のバイトで、お客さんに「おしぼりはいかがですか?」と伝えると聞こえなかったようで、「え?」と聞き返されることがあったんです。次は絶対伝えないと、と考えるほど、言葉が出てこなくなりました。プレッシャーのある状況ほど、症状が出やすかったです。
Aさんはプレッシャーのある状況、そして社名・マニュアル通りの言葉など、言い換えられない言葉があるときに、話すことができませんでした。NPO法人日本吃音協会(SCW)によれば、吃音の典型的な症状の一つだといいます。
働きやすさは「話さない」環境ではなく「成長させてくれる」環境
話すことに不安を抱えやすい吃音。喋る機会の少ない仕事に就く方も少なくありませんが、Aさんが就職先に選んだのはコンサルティング会社でした。
Aさん:私は人とコミュニケーションを取るのが好きなんです。吃音のせいにして、妥協するのは嫌でした。人の相談に乗ったり、アドバイスをしたりするのが好きな私にとって、コンサルティングはとても魅力的な仕事です。
話すことがなければ、本当に働きやすいのか? そんなに単純な話ではないかもしれません。そのうえ、話すことを避けると職種が限られてしまい、自分の好きな仕事を選ぶのは難しいでしょう。
「働きやすさは職種ではなく、職場が大切だと考えています」とAさん。
面接のフィードバックで、視野を広げられるようなアドバイスをもらうなど、うまく話せないことを特別視するのではなく、自身を成長させてくれる会社だと感じた──そんな柔軟な発想をする人たちが多かったのが、コンサルティング会社を選んだ理由だといいます。
吃音だから無い内定は思い込み。自信をつけるために「スカウト」を使おう
Aさんは、一体どのように就活を進めたのでしょうか? うまく話せないと面接を通過するのは難しい、と考える人もいるかもしれません。
吃音は自分でコントロールできない障害です。苦手な言葉を何度も練習すれば、多少は言いやすくなります。それでも、症状がなくなるわけではありません。プレッシャーがかかる状況では、普段言える言葉すらも発せないことも。
それ以外の部分で工夫をしなければ、就活を乗り越えることは難しい。とにかく受かる確率を上げる。落ちることを恐れずに、何回もチャレンジすることが大切だと、Aさんはいいます。
Aさん:就活では同時並行でたくさんの選考を受けました。とにかく数を打てばどこかしらに引っかかるし、落ちても次があると思えば切り替えやすくなります。
スカウト系のサービスを使うのもおすすめです。私は複数のサイトを利用していました。吃音は私の特性の一つですが、それ以外は他の就活生と変わりません。スカウトでは「何ができるのか、企業にどう貢献できるか」という能力を生かせる部分を見てくれるため、自信に繋(つな)がりました。
落ちるのが心配な方は、スカウトを使うのも手。不安で動けなくなるくらいなら、別のアプローチで多くの企業と出会うといいでしょう。
自分でできることから取り組んできたAさん。就活に前向きになったきっかけは、営業職に就いている吃音者の記事を読んだことだったそうです。吃音に限らず、障害を持った人が働く事例がもっと世に出れば、挑戦する人が増えるのではないか。彼女は企業側の姿勢も変わってほしいと願っています。
まずは自分でできることから……Aさんはそうして就職活動を乗り越えましたが、同じ境遇の仲間に頼るのも有効な手段です。
例えば吃音者のコミュニティ「Stutter Story’s(スタッターストーリーズ)」もその一つ。同じ吃音者で就活を乗り越えた先輩たちが、自分の経験を共有したり、ESを添削したりして就活をサポートしています。
Stutter Story’sを運営するNPO法人日本吃音協会(SCW)の理事長を務める藤本さんにお話しを伺いました。藤本さん自身も幼少期に吃音を発症し、今でもその症状は続いています。だからこそ、当事者のつらさや悩みを深く理解しています。
藤本さん:面接では面接官が数人います。注目されていると誰でも緊張しますよね。そこで言葉に詰まってしまうと、変に思われないかという不安や焦りで、さらに吃(ども)る悪循環に陥ります。就活は、吃音者が話しづらい条件が整いすぎているのです。
藤本さんが対策として勧めるのは、「吃音という言葉の障害があって言葉に詰まることがあります」とエントリーシート(ES)に書いて伝えること。「吃音者と分かった時点で、他の人よりも低い評価を受けるのでは」と思って書くのをためらうこともあるかもしれませんが、藤本さんは「認めてくれる企業は必ずある」と強調しました。
※オンラインサロン内でのセミナー
藤本さん:「面接で吃ったらどうしよう」「吃音のせいで落とされたらどうしよう」とすごく不安があると思います。そこは、絶対に大丈夫です。
吃音だからといって落とす企業は、もともと合っていないし理解がない職場です。そんなところで働いてもきついと思います。吃音の一面があっても輝ける場所は見つかります。自信を持って就活をしてください。
藤本 浩士(ふじもと こうじ):NPO法人日本吃音協会(SCW)理事長
「こんな自分はだめだ」と思ったら試してほしい3つのこと
とはいえ、吃音がコンプレックスで就活に身が入らない方もいるでしょう。まだまだ社会の認識も浅いのが現状です。Aさんは「何を言っているのか分からない」と、人事に心ない言葉を言われたこともあります。
藤本さんはそんな社会を変えるべく、NPO法人を作りました。
人口の1%が悩んでいるのに、あまり知られていないのはなぜか。隠して生きている人たちがたくさんいるからです。周りから変な目で見られることを恐れ、家族やパートナーにさえ打ち明けていない方も多いのです。
自分が子供だった30年前から、配慮のされ方がほとんど変わっていない──そう嘆きつつも、社会ではなく自分でできることを変えるしかない、と藤本さんは考えています。
藤本さん:社会が変わるのを待つなら、目の前のことを変える方が簡単です。
重要なのは自信を持つこと。そして吃音が出たときの捉え方を変えることです。それができずに、大人でも悩んでいる人はたくさんいます。
自信のない人は「自分はだめだ」「変なふうに思われる」と自分を追い詰めてしまいがちです。そんな状態で生きるってつらいじゃないですか。めっちゃつらいですよ。苦しまない捉え方で生きないと。
気にしても悩みのタネになるだけです。ならば、それ以外の部分で変えましょう。振る舞いを変える、スキルをつける、面白い言い回しを考える、聞きやすい構成にする……できることはまだあります。
Aさんも、当事者の視点から3つの行動を提案します。
(1)気心の知れた友人や家族に相談
(2)理解がある人に相談
(3)ワークショップや吃音者のセルフヘルプグループに入る
Aさん:私は「なんとかなる」と覚悟を決めて、前向きに行動しました。そうしないと、このまま1人で悩んで引きこもってしまうと思ったんです。喋らなければ周りにはバレないですが、孤独になるのはつらいです。
カミングアウトは勇気のいること。Aさんは友人1人にだけ打ち明けていて、両親には言えないままです。
その代わりに、Twitterで同じ吃音者と繋がり励まし合っていました。専門家や当事者のいるコミュニティであれば、理解してくれる人も必ずいます。Aさんのように、ネットで探せば簡単に見つけられるでしょう。
傷ついた経験も。だからこそ適切な対応を周りにも伝えてほしい
うまく話せない人がいたとき、周りは何ができるのでしょうか。
吃音者がつらい思いをしていると知りながら、どう対応すべきか悩んでいる人もいるはずです。
Aさん:もし「言葉が出ないのかな? スムーズに話せないのかな?」と気付いたときは、「あなたはこう言いたかったんだよね」と先回りして言ってもらえると、私はとても助かります。ただ、何を考えているかは分かりづらいので、親しい人に限りますが……。
そうでなければ、話し出すまで待ってほしいです。自分のペースを掴(つか)める状況であれば、次の言葉も出やすくなります。
当事者でなければ、そのつらさや、正しい対応は分かりづらいもの。理解してもらえないと割り切る前に、対応の仕方を伝えるのもお互いにとって大切です。
身の回りにそういう方がいなかったとしても、「私も無意識のうちに誰かを傷つけているのではないか」と思いを馳(は)せるだけで十分。それが互いの理解を進める第一歩になるのです。
(illustration:lahansubur/Shutterstock.com)
※こちらは2022年1月に公開された記事の再掲です。