さきほど、取引先に対してメールを打った。冒頭に、「お世話になります」をつけた。
するとそれに対する先方からの返信の冒頭には「お世話になります」がついていた。そして私は、そのメールに対して「お世話になります」から始まる返信を打った。予知しよう。
次の先方からのメールの導入文は、間違いなく「お世話になります」だ。先方は、次も、満を持してお世話になってくる。この読みに関しては、かなり自信がある。
そして、そのメールに対し、私はまたしてもお世話になるだろう。すると次には先方がお世話になってくる。すると私がお世話になる。無限お世話になります地獄。
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学生の皆様には想像すら出来ないかもしれないが、この「お世話になります」の無意味で際限なき応酬は、日本社会の各地において当然のように日夜行われている。
大人達が、何かに取り憑かれたように一心不乱にメールの冒頭に「お世話になります」を挿入している。いつかその恐ろしい光景を、目の当たりにするだろう。
私と取引先は、一体、どれだけお世話になりあうつもりなのだろうか。何故、毎回狂ったように同じ文言を付けるのだろうか。2人の男の間に存在する、無数の「お世話」達。
誰と連絡をするときも、いつ連絡するときも、まずは「お世話になります」。これはルールでありループ。もう、何度「お世話になります」という定型文をメールに打ち込んだことだろう。
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この、「お世話になります」という文言は、正直全くお世話になっていない人に対しても向けられる。簡単に言うと、このフレーズには何の意味もない。ただ、慣習として存在するので致し方なく毎回打ち込んでいる。
一つ問題があるとすると、余りにも一心不乱に「お世話になります」を繰り出し続けたことで、「お世話になります」のタイピングスピードが、いよいよアンビリーバブルなそれになってきているということだ。
o se wa ni na ri ma su 「space」『enter』 ここまで、キーボード上17個のボタンを押す必要があり新卒1年目の頃は1.16秒ほどの時間がかかってしまっていたが、私のように7~8年も毎日「お世話になります」を打ち込んでいると、約0.07秒でそれを入力することが出来るようになる。
0.07秒という時間を聞いてもピンとこないかもしれないので言い方を変えよう。私は、1秒間に、およそ14個の「お世話になります」を入力することが出来る。毎秒14お世話。これは、社会人中堅のアベレージレベルだ。
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社会人の「お世話になります」を押す時の指の動きを学生が見ると、そのあまりの指のスピードに目が追いつかず、逆に「指がゆっくり動いている」ように見えることだろう。
音速を超えた為に生じるソニックブームによりパソコンの画面にヒビが入ることもある。お世話になりますを押すことに躍起になり過ぎた指は歪なほどに成長して恐ろしく筋肉質に膨れ上がっている。
そんな筋肉の塊がなす、まさに電光石火の神業。極限を超えたスピードを前に、キーボード側は、「押された」事実に気付くことすらできてない。
「o」が押されたのとほぼ同じタイミングで画面上に現れる「お世話になります」の8文字。そして、それから少し経って、ババァァ〜ン!!!! という爆発音が辺り一面に響き渡る。そう。それは、遅れて聞こえてきた、キーボードを叩く音────
「お世話になります」が、音を、置き去りにしたのだ。
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「お世話になります」を追求する猛者達による『業』の争いは、熾烈を極める。
社会人の中堅クラスを超え、年齢的にも成熟したシニアクラスの猛者になってくると、スピードの限界を超える者が現れ始める。
彼らは、人生の大半をかけて「お世話になります」を入力し続けてきたのだ。来る日も来る日もオフィスでお世話になる。お世話になり、お世話になり、お世話になる。
やがて音速を越え、光速を越え、彼らは、彼らのお世話は、開眼の日を迎える。取引先からのメールに返信する、その時。
o se wa ni na ri ma suを入力しようと念じ、キーボード上の「o」ボタンを睨みつけた瞬間、突如、何の前触れもなくパソコン画面上に現れる「お世話になります」の文字。そう───
真の強者は、キーボードに触れることなく「お世話になります」を入力するのだ。
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このように自慢の「お世話になります」で他者を攻撃し、殺傷能力の高い「お世話になります」を互いにぶつけ合う社会人特有の独特の拳法は、「お世話になりま神拳(オセワニナリマシンケン)」と呼ばれている。
この独特の拳法は奥が深く、例えば、「お世話になります」以外に、以下のような技を見たことがあるのではないだろうか?
「いつもお世話になっております」
「平素大変お世話になります」
これらは、「お世話になります」から派生したサブウェポンだ。
お世話になりま神拳において、技を繰り出す際に重要になるのは、まず頻度を示す「いつも」or「平素」を冒頭につけるかどうか。どちらもつけないことも可能。
次に「大変」という強調語をつけるかどうかのオプションがある。つけなくても良い。
次に「お世話に」。これは、技の中核をなすエネルギー源であり、マスト装備だ。ここを飛ばして、「平素大変なります」は成り立たない。「お世話に」は絶対に搭載しないといけない。
最後に、締めを、「なります」or「なっております」から選択する。これによって技が完成する。
つまり、単純に、3 × 2 × 2で、12通りの技があると思って頂ければ良い。この12個の技の中から、最も相手に対して有効な技を選択し、柔軟にそれを繰り出して攻撃する。平素お世話になります! いつも大変お世話になります!
平素大変お世話になっております!!! 平素Hey SOいつも大変とってもお世話セワSay, wow! になっておりMAN_GO!
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やがて会社に入社し取引先にメールを打つその時、直属の先輩から指導が入るだろう。メールの冒頭に、「お世話になります」を入れろ、と。
え? 毎回入れる意味あるんですか? 意味なくないですか? と聞き返してはいけない。それは格闘家に対して、暴力は良くないんじゃないですか? と聞いているようなもの。彼らの存在を否定することになりかねない。
彼らはメールを補完する為に、手段として冒頭に「お世話になります」を打っているのではなく、自らの「お世話になります」を相手に叩き付けるためにメールを打っているのだ。「お世話になります」こそが主題であり本質。お世話になります以下にベラベラと何か書いてあると思うが、あれは全て戯れ言だ。
「はい」、と先輩の指示に従い貴方がはじめて「お世話になります」を入力した時、その時ついに貴方は格闘家として産声をあげることになる。
いつかこの恐ろしきお世話の戦場で、皆さんにお会い出来る日を心から楽しみにしている。peace. ああ。
嘘をついてしまった。メールの冒頭のお世話になりますって何なんだろ、って書きたいだけだったのに、気付けば嘘ばかり書いてしまっていた。0.07秒で入力出来るどうのこうのっていう件から全部嘘。
なにが、「真の強者はキーボードに触れることなく『お世話になります』を入力するのだ」だ。そんなやついるか。
おせわになりましんけん?? アホくさ。
※こちらは2017年8月に公開された記事の再掲です。