「働きやすい企業」と呼ばれる会社がある。今回は学生の中で「ホワイト企業」との認知を高めつつある、JT(日本たばこ産業)の事業企画室の次長を務める和中悠子氏に真偽をぶつけてみた。
「日本企業のキャリアってどんな感じなんだろう?」
そういう学生にぜひ読んでみてほしい。
「働きやすい企業であるかは、事業基盤の強さで決まる」
KEN:大手志望の学生と話すと「働きやすい会社がいい」という言葉をよく耳にしますが、表面的な「働きやすさ」を追っているのではないかと心配になります。簡潔にいうと「お金がある会社じゃないと、余裕は生まれにくいよ」ということですが、働きやすさは強固なビジネス基盤がないと成り立ちません。学生にはビジネスの基盤もちゃんと見た上で会社を選んでほしいと思います。
御社は年間5,000億円近い営業キャッシュフロー(現金)を生み出しており、ビジネスの基盤が強い印象がありますが、そこで働く社員としてその余裕を感じることはありますか?
和中:事業の進め方と、働き方の両面で余裕を感じます。事業の進め方では、「長期的な視点から事業を進められる点」です。例えば、1999年に、JTは9,400億円のお金を投じ海外事業(RJRI*)を買収しました。買収以前のその事業(RJRI)は短期的な利益を追求する方針でした。株主至上主義で、ブランドの価値を棄損してでもコスト削減を図るという運営が行われていたようです。JTはそれを一転させ、長期的な視点からブランドロイヤリティを高める投資を行ないました。その結果、立て直しに成功し、今も成長を続けています。こうした長期的にビジネスを育てていくという視点は、財務の健全性に支えられているからこそ実現できることなのかなと感じます。
*RJRI:米国、ナビスコ社(RJR)の米国外タバコ事業部門のこと
ベビーシッター代にも会社の補助?
KEN:まさに「事業の進め方の余裕」を感じられる事例ですね。続いて、「働き方から感じる余裕」についてお聞かせください。和中さんは事業企画を中心に多くの部署でキャリアを積んでいらっしゃいますが、中でも「育休復帰から約1年後に、次長に昇格していること」に驚きました。仕事と育児を両立されているモデルケースのように私には見えますが、ワークライフバランスや福利厚生の視点で見たときに、御社は「ホワイト企業」だと思いますか?
和中悠子:たばこ事業本部 事業企画室次長。2003年にJTに入社。千葉支店でたばこの営業を担当した後、2006年に経営企画部に異動。経営企画部では組織開発および関連企業の担当に従事。2010年から渉外企画室に異動し、将来の規制環境見立てに伴う戦略提案や、分煙の普及・推進に向けた業務を担当。2013年の4月に現在の事業企画室に配属となり、現在は同室サステナビリティ企画チームの次長。
和中:ホワイトかどうかは人によるのでなんとも言えません。ただ子育てをしながらキャリアを実現するには条件の整ったフィールドだと思います。私は2歳の子どもを保育園に預けているのですが、夕方になると、会議中でも「そろそろ保育園行く時間じゃないの?」と役員が声を掛けてくれます。また制度も充実していて、短時間勤務や延長保育料補助はもちろん、ベビーシッター代を会社が一定額負担してくれる制度もできました。私も複数の補助制度を利用しています。
KEN:ベビーシッター代にも会社の補助……。かなり手厚いですね。
先見性に基づき、粘り強く事業を育てられる「おもしろさ」
KEN:再び「事業から感じる余裕」のお話に戻りますが、最近の「医薬事業」の業績でもそれが目立っているように感じます。例えば1998年に買収した鳥居薬品も黒字化したのは2016年と、粘り強く事業を育てていらっしゃいますよね。この事例も財務基盤が強い企業ならではという印象です。
和中:そうですね。新規参入後10年は新薬が出ないといわれるほど、医薬事業は新陳代謝が良い事業ではありません。正直、「医薬事業」は本格参入後しばらく苦しい状況が続きました。しかし、2017年の業績予想においては大きな黒字を見込んでいます。シガレットの販売数量減少が響き、国内たばこ事業は苦しい見立てなのですが、その減少の一部を補うほどの利益を医薬事業が創出する見込みです。
医薬事業を成長させることができたのは投資フェーズを10年以上続けられる体力があったからこそですし、投資した分を回収できるまでになったのは財務基盤が健全な企業だからこそだと思います。JTにはその事業がいずれ成長して投資回収できるのなら、数年の赤字は頑張って耐えしのごうという気概があります。
論点は「今後も、働きやすい会社であり続けられるのか?」。伸び代は海外とべイパーの急伸
KEN:まさに、「強固なビジネス基盤」があるからこその事業成長だったわけですね。しかし、それは「これまでの話」になる可能性もありますよね?
たばこの粗利率(売上から仕入れ値を引いた金額)が高いのは今後も変わらないと思いますが、福利厚生などの制度がどうなるかは分かりません。例えば、かつて多くの日系企業がMBA留学支援制度を行っていましたが、その後、リーマンショックの影響や、留学後に社員が離職することが続き、ほとんどの企業が制度を中止しました。
この事例のように制度は変わる可能性があります。JTが今働きやすい企業であるということと、「今後も働きやすい会社であり続けるか?」ということは分けて考えなくてはいけません。そして、そうあり続けるためには「事業の伸び代がある」という点が重要だと考えます。このことを踏まえて伺いたいのですが、喫煙者が減る中、今後の事業環境はどうなっていくと思われますか。
和中:「喫煙者が減る」ということに関しては、確かに国内の喫煙率だけを見ると減少傾向にありますが、実は「国外」と「国内」の双方に成長市場があります。
まず国外では、新興国を中心に世界全体でのシガレット需要がまだ十分にあります。JTはそこでの市場を拡大するためにM&A*を積極的に行うと同時に、自社のマーケット自体を伸ばすことにも注力しています。その結果、経済成長している中東や東南アジアをはじめとした国々で、我々のマーケットを伸長させています。
*M&A:マージャーズ・アンド・アクイジションズ。合併と買収のこと。提携まで含めて用いられることもある
国内市場でも、電子たばこが伸びつつある
KEN:では、国内市場はどうでしょう? ベイパー(火をつけることなく、発生した蒸気で吸引するたばこ*)に代表される「電子たばこ」は身の周りでも使う人が増えている印象があります。
和中:KENさんの印象のとおり、「電子たばこ」が今急速に市場拡大しています。当社もこの流れを捉え、昨年の3月に「PloomTECH(プルームテック)」を福岡で発売し、今年の6月以降は東京でも順次販売予定です。
加えて、たばこに対する価値の変化も呼び起こしつつあります。というのもベイパー製品は燃やさないという特長があります。これまで健康リスクの一因として懸念されていた煙が発生しないのに加え、においも殆どありません。「紙たばこはダメだけど、電子たばこならいい」という方が増えてきており、ベイパーがメジャーになればなるほどたばこの価値が見直され、市場も大きく変化するのではないかと思っています。
*ベイパー製品:火をつけることなく、電気によって発生させた蒸気によりたばこの成分を吸引する電子機器の総称。電子たばことも呼ばれる
ガソリン車が「電気自動車」に取って代わるかのような時代。好奇心のある人と働きたい
KEN:国内と国外の双方において十分に可能性が存在しているという認識だと。
また、近い将来、もしベイパーが市場シェアの過半数を取るとするなら、それはガソリン車が電気自動車に取って代わるくらいのパラダイムシフト*になりますね。このタイミングで入社する面白さはなんですか?
*パラダイムシフト:当たり前だと思われていた社会全体の価値観などが非連続的な変化を起こすこと
和中:そうですね。これまでのJTはシガレットがメインの事業で、それをいかに効率良く製造し販売するかという比較的完成されたビジネスモデルでした。しかし、今後はベイパー製品を筆頭にこれまでと違った形での製造やマーケティングを行っていく必要があります。例えば、福岡にはRethink Café with Ploom TECHという飲食店があります。これまで我々がプロデュースする店舗は喫煙可能なお店ばかりでしたが、そのカフェは「禁煙」。もちろんプルームテックは使用できますが。こういう今までとは違ったアプローチで仕事を作り出す機会も増えていくでしょう。
ですので、ホワイト企業だからJTに入るということではなく、こういう新市場に面白みを感じてくれる人と一緒に働きたいと個人的には思います。
「批判がありつつも世の中に必要とされる商材って、とてつもない魅力があると思いませんか?」
KEN:JTは、数多くある日系企業の中でも「いろんな仕事をつまみ食いしやすい企業」だと思います。自社グループでR&D*や、製造工場・流通まで持っていて、全世界でのM&Aや、ブランドマーケティングを行う機会もある。CSR*もやらなくちゃいけない。仕事の「全部のせ丼」のような印象です。
ただ、「たばこをメインに扱う面白さ」だけを見ると、これはとても伝わりにくいと思うんです。この辺り、和中さんはどのように考えてらっしゃいますか。
*R&D(Research & Development):研究開発。基礎研究・応用研究・商品化研究の3分野に分けられる。新商品を開発するなど将来の売上に結びつく業務
*CSR(corporate social responsibility):企業の社会的責任。従業員や消費者をはじめとする社会全体と積極的にコミュニケーションを図る活動のこと
和中:もちろん、議論があるのは重々承知していますが、それでも、たばこは魅力的な事業だと私は思います。社会的にも風当たりの強いたばこを、あえて選んで吸っている人たちがいる。言い換えれば「批判がありつつも、世の中に商品として存在できるだけの需要や強さがある商材」って、とてつもない魅力があると思いませんか? 「コミュニケーションのツールとして」「リフレッシュできるから」「香りや味が好きだから」「なんとなく」等、魅力を感じる部分は人それぞれでしょうが、価値のフックが沢山あるからこそ、世界中で長く嗜まれているのだと思います。
KEN:そもそも、嗜好品の方が、「性能」ではなく「価値」を重視しますから、マーケッターとしては興味深いのでしょうね。
育休後に昇格し、気付いた。「自分の意思を伝えないとキャリアの道は開かない」
KEN:少し話題を変えますが、多くの学生がせっかくなら魅力ある豊かなキャリアを築きたいと思っています。その際のポイントを最後にお聞かせください。
和中:私は、自分のキャリアは周りに決めてもらうのではなく、自分が何をやりたいか、自分はこの会社でどうありたいのかを周囲に伝え続けることが大事だと思います。少なくともJTは、自分の意思をきちんと伝えれば考慮される環境で、現に私もそうでした。たとえば、営業の現場から本社の経営企画部への異動です。入社2年目くらいから上司に「どのような意思決定がなされ、現場にどう降りてくるのかを感じられる部署に行きたい」と、掛け合っていたのが考慮された上での配属でした。
KEN:なるほど。最後に、ワンキャリアには年間数万人の学生が訪れますが、彼ら・彼女らに向けたメッセージをお願いします。
和中:他人の意見や溢れる情報に左右されることもあるかもしれませんが、就職活動は自分と向き合いこれからの働き方をじっくり考える有意義な時間だと思います。
私は就職活動を始めた当初、転職にも有利な潰しが利く業界という視点で会社を選んでいましたが、「果たしてこれが本当に自分のやりたいことなのか?」と疑問に感じ、一度全てをリセットし方向転換を図りました。そして最後に残ったのが、さまざまな選択肢がある今の会社、JTでした。今何をしたいかだけでなく、30-40代で自分がどうなっていたいのか、今一度立ち止まって、改めて考えてみてもいいかもしれません。
KEN:ありがとうございました。
KENの編集後記:「働きやすさ」とは、何か?
「働きやすい会社」と聞いた時に、私は強烈な違和感を感じることがある。その理由はシンプルに「誰にとっても働きやすい会社などない」ということに起因している。これは大学時代の生活で考えてみると分かりやすい。例えば、サッカーサークル1つとっても、人によっては「部活動のような厳しい環境」を求めるだろうし、サークルのような「和気あいあいな環境」を求める人もいるだろう。カルチャーという観点で見た時、「働きやすさ」は千差万別なのだ。
一方で「事業の強さ」は今後の選択肢の幅を決める。これも自分のことを振り返り、想像してみるといい。例えば今、あなたの手持ちの全財産が5,000円しかないとしよう。きっとあなたの選択肢は「生きていくために、日雇いのアルバイトをする」ぐらいしか思いつかないだろう。一方で、あなたの全財産がその数百倍だとしたどうだろうか。きっと「アルバイトをすること」も「勉強することも」も「恋愛すること」もできるだろう。
何が言いたいか?
それは事業基盤が強くない会社は、何をやるにしても短期的な視点でしか物事を見れなくなるということだ。日々の数字に追われ切羽詰まった環境が好きな学生は別にし、「自分の意志でキャリアを切り開きたい」、そう考えている学生には「事業の強さ」を見た上で、企業を選んでみてほしい。
学生が「ホワイト企業」と呼ぶ虎ノ門の会社には、表面的な働きやすさだけではなく、自分らしく働ける環境があることを感じたインタビューだった。
<JTインタビュー:一覧>
#01:ブランドマネージャーに必要なのは「数千億円の商品を管轄する」経営者の視点。JTマーケティング戦略部:久野新吾氏インタビュー
#02:「成長したい人こそ、就職先はベンチャーでも大企業でもどちらでもいい」。ベンチャー・大企業、両方を見た長塚氏が語る
#03:「働きやすい企業」とは?虎ノ門の会社に行ってみた―編集長の訪問