世界に誇る、日本のグローバル企業「トヨタ」。
圧倒的な存在感を放つ一方で、なぜここまで強いのか、世界的に評価されているのかを理解している人は多くない。トヨタ生産方式? 技術力? これらは正解であり、不正解でもある。では真の強さとは一体何なのか。
トヨタ副社長の前田昌彦CTO(最高技術責任者)が、2022年11月に開催されたYouTubeイベント「ONE CAREER FOCUS LIVE supported by トヨタ自動車」に登壇。エンジニアとして20年近く製品企画の最前線で活躍し、豊富な海外経験を持つ前田氏に、ワンキャリア取締役の北野唯我が対談で迫った。
「世界のトヨタ」という巨大カンパニー、そしてモビリティ社会の未来を、どう見ているのか。エンジニアに求められる3つの資質とは何か、これからの時代に求められるソフトウェアの技術とは──。前田氏がイベントで語ったエッセンスをレポートする。
<目次>
●変化の激しい時代。モビリティの未来はトヨタにも分からない
●世界中でクルマに求めるニーズは異なる。「地産地消」の結果がフルライン戦略だ
●EVが正解とは限らない? カーボンニュートラルでエンジンの行方は
●トヨタが求める人材に迫る。エンジニアに求められる「好き」と「バランス」
●ソフトウェアの重要性が高まれば、人材育成のあり方も変わっていく
●北野が見たトヨタの未来──世界で最も難しい「矛盾」に、最高の技術で挑むトヨタの迫力
変化の激しい時代。モビリティの未来はトヨタにも分からない
北野:前田さんは2020年からCTOを務め、2022年6月からは副社長に就任されました。技術における最高責任者としてはイメージできても、トヨタの副社長というのはどういう仕事をしているのか、学生さんにはイメージがわきにくいと思います。今のミッションについて、教えていただけますか?
前田:豊田章男社長もよく言っていますが、トヨタでは「肩書よりも役割」です。経営のサポートもしますが、技術や開発の基盤を変えていく、大きな方針を出す役割があります。変化の激しい時代なので、従来通りでは世界に通用しないし、お客さまに届きませんから。
北野:変化というと、モビリティや社会のあり方を変える電動化などの技術革新で、クルマの概念が変わりつつありますし、トヨタは「モビリティカンパニー」への変化を掲げていますよね。
前田:そうですね。自動車産業の中では、特にデジタル領域は過渡期です。
北野:過渡期ということは、よく見通せていない部分もあるのでしょうか?
前田:私は今、開発のデジタル化を推進する立場にいるのですが、何をすればいいのか確たる正解はありません。グループ会社に、ソフトウェアやスマートシティ開発をする「ウーブン・プラネット・ホールディングス」がありますが、シリコンバレーのトップクラスのソフトエンジニアが参画していて、「トヨタの開発は古かったんだな」と学ぶことが多いです。
前田 昌彦(まえだ まさひこ):トヨタ自動車 取締役・執行役員 副社長
1994年入社。エンジン開発を担当。製品企画部に異動後、ハイラックスプロジェクト等の開発に携わり、2016年チーフエンジニアを担当。2022年取締役・執行役員 副社長に就任。
北野:前田さんは、未来のモビリティ社会はどうなると思いますか?
前田:ざっくり答えると、よく分からないですよね。本当に、分からない方がいいのかなと思っています。
北野:もちろん予測は難しいですが、「分からない方がいい」というのは……?
前田:モビリティだけではないですが、最近では予定調和で起こるものってまずありませんよね。だから、変化に対応するために「将来を決めすぎない」のが大事かなと。一方で、エンジニアとしては「どうしたいのか?」を考えることは必要です。
北野:「どうしたいのか」。それはトヨタ自動車でいえば、どんなイメージになりますか?
前田:豊田佐吉が「G型自動織機」を発明し、豊田喜一郎が自動車産業に挑みましたが、その中には「お国のために」という原点がありました。
今のトヨタが掲げるミッションは「幸せの量産」ですが、やはり原点は「自分以外の誰かを楽にする」「誰かのために仕事する」「この国のために仕事をする」というもの。「誰のためにどうしたらいいんだろう」と向き合うことで、結果的に「全ての人に移動の自由を」というモビリティ社会の未来を描いています。
北野:「全ての人に」を考え抜いていくと、トヨタが大事にする「多様性」につながっていく気がします。
前田:トヨタグループは大きいので、いろんなお客さまやステークホルダーと向き合っています。地域ではその町一番の企業を目指していますが、重要なモビリティはそれぞれ異なります。そのため、トップダウンで「こうあるべきだ」と指示するよりは、地域ごとにエンジニアが「こうしていきたいね」と思って仕事することで、地域やお客さまに合ったお役立ちができる。この多様性があって、「幸せの量産」ができるのです。
世界中でクルマに求めるニーズは異なる。「地産地消」の結果がフルライン戦略だ
北野:「地産地消」も、大切にされているフィロソフィー(哲学)かと思います。
前田:地産地消は全ての入り口です。日本だと自動車産業に関わっている方は550万人おり、日本のモノづくりで、基盤を支えている産業の1つです。アメリカにもヨーロッパにも中国にも工場があり、現地に合ったクルマを造ることで、それぞれの国・地域で基盤が強化されていきます。
北野:最近は環境への負荷の観点から、電気自動車(EV)が注目されていますが、国ごとにエネルギー事情や法規制は違います。それを飛び越えて一気に「EV100%に!」とはならないですよね。
前田:おっしゃる通りです。トヨタの販売ポートフォリオを見ると、地域・国は本当にまんべんなく、均等なバランスです。結果的に、特定の地域だけに向けた開発にはなりません。
北野:確かにトヨタは、あらゆる車種を手がける「フルラインアップ戦略」をとっています。実際のところ、国や地域によってニーズはどう違うのでしょうか。
前田:私が携わった車種に、ピックアップトラックの「ハイラックス」があります。海外では生活を支えるクルマで、グローバルで80~90万台売れています。ニュージーランドやオーストラリアの農家では、家にディーゼルエンジン用の大きな燃料タンクがあります。そこで「ガソリン車使ってください」と言っても、要らないですよね。
ピックアップトラックの「ハイラックス」
北野:確かに。分かりやすいですね。
前田:アフリカだと「最新のディーゼルエンジンは必要ない」と言われます。メンテナンスができないからです。国連の関係者は奥地まで入りますが、そこで壊れてメンテナンスできないと、命に関わるそうです。ですから、昭和期に開発したような古いディーゼルエンジンを今も積んでいますよ。
北野:そこまで違うんですね……。世界中が市場になると、地産地消は合理的な手段というわけですか。
前田:電動化にしてもカーボンニュートラルにしても、各地域のエネルギー事情に合わせたクルマを造らないと、選んでいただけません。フルラインナップはその結果です。
EVが正解とは限らない? カーボンニュートラルでエンジンの行方は
北野:日本などでは2050年を目標とした「カーボンニュートラル」が宣言され、地球温暖化対策推進法にも明記されています。トヨタや自動車業界を目指し、エンジニアリングの技術をこれから身につける学生さんにとって、これはどう解釈すればいいでしょうか?
前田:ネガティブに捉えると、「エンジンなくなっちゃうんじゃないですか?」と心配する学生さんもいると思いますが、トヨタの意志としてなくさないし、なくならないと思っています。世界中のクルマがバッテリーだけで動けるのかといえば、法律を含めていろいろな動きはありますが、確定的に起きるものではありません。
北野:その未来はまだ分からないわけですよね。
北野 唯我(きたの ゆいが):株式会社ワンキャリア 取締役CSO/作家
新卒で「博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ」の経営企画局・経理財務局勤務。米国・台湾留学後、「ボストン コンサルティング グループ」を経て、2016年ワンキャリアに参画、現在取締役として戦略・採用・広報部門を統括。2021年10月、同社は東京証券取引所マザーズ市場に上場。『転職の思考法』(ダイヤモンド社、2018年)『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社、2019年)などで累計50万部。
前田:ブラジルでは今、サトウキビからバイオエタノールを作っており、補助金もあってガソリンより3割ほど安く手に入る状況です。製造過程では水力発電の電気を使っていて、ほぼカーボンニュートラルが成り立っています。そのため、ブラジルの人にとっては、バッテリー車は高いだけだと映るでしょう。このサステナブルな動きはインドにも波及しそうな勢いです。
北野:EVシフトという1つの方向性はあっても、実際に普及するのかどうか。各地の現実を踏まえると、そう単純ではないと。
前田:環境技術は普及してこそです。これは、初代のプリウスを造ったときから一貫しています。使っていただかないと全体効果は上がりません。普及するという前提で、しっかりと市場を見ていくしかないと思っています。
北野:EVなどのバッテリー車だけが正解とは言えませんね。
前田:それに、クルマやその「におい」が好きなメンバーは社内にたくさんいます。豊田章男社長に、バッテリーではない内燃機関の水素エンジンを紹介したら、ラリーや耐久レースで使うことになったほどです。
トヨタが求める人材に迫る。エンジニアに求められる「好き」と「バランス」
北野:モビリティ業界やモノづくりを目指すエンジニアが、心得ておくべき要素を3つ教えてください。
前田:私の座右の銘は「好きこそものの上手なれ」。圧倒的に大事だと思っているのは、「好き」を知ることです。かつて採用に関わっていましたが、「何がやりたいですか?」と聞いてスパッと返ってくる学生さんはほとんどいなかったです。自分の好きなことを自覚できている人は、意外と多くないと思います。
作りたいものがあったときに、好きじゃないと没頭できません。情熱があって没頭しないと、新しいものはそう簡単には生まれないので、気持ちが続かなくなる。
北野:学生さん的にはなんとなく、就職活動で「正解」を求められている気がします。好きなことを選考で言うと、受け入れられないんじゃ……? という不安があると思います。
前田:そこは人事担当と何度も議論しました。「型どおりの人を採りたいの?」「そうじゃないよね」と。パッションの源を知りたいから、書類選考だけでなく面談をするわけです。受験の延長線上のように「型どおりの正解」を求めるのは就職活動では一度リセットして、やりたいもの、成し遂げたいものに向き合う良い機会にしてほしいです。
北野:あと2つの要素を教えてください。
前田:2つ目はバランスです。私たちの世代が特にそうかもしれませんが、エンジニアはスペックにこだわる面があります。「クルマは馬力が命」のような(笑)。ただ、昔に比べて、エンジニアの独りよがりでは製品は選ばれにくくなっています。「好き」を起点にしながらも、世の中の動きや変化を広く見るまなざしやセンサーを磨いて、バランスの良い視野を保つことが大事です。
ソフトウェアの重要性が高まれば、人材育成のあり方も変わっていく
北野:いくら熱い思いで開発しても、市場に受け入れられなかったら元も子もありませんね。3つ目はいかがですか?
前田:絶対に人のせいにしないということです。世の中の製品というものは、1人でできるものはほとんどありません。でもうまく行かないと、人のせいにしたくなります。
北野:確かに。いろいろなメンバーが関わっている中、視野が狭くなると自分以外に原因を求める恐れはあります。
前田:設計の担当だったとき、実験する部署からデータがなかなか出てこず、先輩に「あの部署が出してくれないんですもん」と言ったら、こっぴどく怒られました。「それも含めてフォローするのが仕事だろう」と。当時は「むちゃな……」と思いましたが、実際そうだなと。誰かのせいにしてもうまくいきません。自分がどうすれば良かったのかと振り返ることが大切で、これができると、最速・最短でチームとして前進します。
北野:入社後の育成について教えてください。「モノづくりは人づくりから」と豊田章男社長も語っています。トヨタらしさを感じる点はありますか?
前田:これまで基本はOJTで、目の前の仕事が製品になるという緊張感の中で鍛えられましたが、やるべきことが多様化した今、それだけに頼るのは難しいです。特にデジタル領域では、システマティックな育成が必要です。ウーブン・プラネット・ホールディングスには、ソフトエンジニアを育成する「道場」というプログラムがあります。スキルによっては、そういう仕組みとOJTをセットにしないと、変化のスピードについていけないと感じています。
北野:脈々と進化してきたハードウェアの技術に加えて、新しいソフトウェアの技術を育てる仕組みを取り入れつつある、という印象です。
前田:例えば、安全安心領域ではADAS(エーダス)という先進運転支援システムがありますが、開発しているのはほぼソフトウェア。昔のクルマにはソフトによる制御はありませんでした。デジタル領域が急激に広がり、育成の方法も変わってきています。
北野:今日はありがとうございました。トヨタの未来は本当に面白そうです。伺いたいことは尽きませんが、最後にメッセージをお願いします。
前田:トヨタは「自分以外の誰か」のために未来をつくる会社です。幅広いことをやらせてもらっているので、好きなものがあれば、没頭できる仕事はどこかにあります。日本や世界の未来をつくっていく仕事を皆さんと一緒にできれば楽しいし、ありがたいです。
北野が見たトヨタの未来──世界で最も難しい「矛盾」に、最高の技術で挑むトヨタの迫力
いかがでしたか。ワンキャリ編集部は、セッション終了後の北野に追加でインタビューしました。北野の目に「世界のトヨタ」はどう映ったのでしょうか。
──対談は盛り上がっていたように見えますが、印象に残ったことはありますか?
北野:たくさんありましたが、世界中の市場や自動車の利用状況が次々に出てくるのは、迫力がありましたね。トップの方がここまで把握しているんだなと。市場を注視しながら、ビジネスを展開していることが伝わってきました。
──「地産地消」の話がありましたね。世界中の人たちを考える、視野の広さを感じました。
北野:視野だけでなく、視座も高いというか。やはりトヨタは多くの企業のもう一歩先を進んでいると思うんですよ。ミッションが「幸せの量産」だと言われて納得感がある企業って、ほとんどないと思います。
──確かにそうですね。課題が複雑になる中での「幸せの量産」は、途方もない仕事のようにも思えます。
北野:自動車業界は常に葛藤を乗り越えてきた産業だと捉えていますが、今はカーボンニュートラルを代表とする「エネルギー不足」という地球規模の課題にぶつかっています。日本の1億人に届けるだけなら、環境性能の高いクルマを売ればいいかもしれませんが、世界の80億人にとなると、そう単純な話にはならない。
本当に難しい課題は「矛盾」から生まれると考えていますが、エネルギーの問題はある意味で最高難度の矛盾だと思います。それに技術の力で挑んでいこうとしている。本当に面白い企業だと感じました。
──新卒でトヨタを選ぶとなると、そういう点に魅力を感じるかがポイントになりそうです。
北野:そうですね。セッション後に前田さんと話していて印象に残ったのが、「Googleから転職したエンジニアもいるものの、自動車のプログラムは求められる精度が高く、苦労している」という話でした。ミスが人命に関わるので、必要な性能や要件が非常に高くなります。
──自動運転なども、画像解析のスピードが遅れただけで事故につながります。
北野:だからこそ、ソフトウェア分野は若手が活躍するチャンスが多いと感じました。この分野はトヨタも答えをまだ持っていません。エンジニアの育成についても、似たようなことをおっしゃっていましたが、計画的に高品質なものを作り上げる「ハードウェア」的な思想と、時代の変化に合わせて形を変えていく「ソフトウェア」的な思想。その両者が融合する先に、自動車業界の新しいスタンダードがあるのだと思います。
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【ライター:松本浩司/撮影:赤司聡】