世界トップに君臨する自動車メーカーも、国境を超えるコンテンツを創る一流企業も、攻めの勝負ができるのは、「信頼」という基盤があってこそです。
財務や内部統制、環境対応、社会的責任……。あらゆる面で「信頼に足る」とお墨付きを得て初めて、投資家や社会、ステークホルダーからの信頼を厚くできます。
それらを保証(アシュアランス)するプロフェッショナルとして思い浮かぶのが、公認会計士が活躍する監査法人です。監査や会計というと「難しそう、公認会計士がやることでしょ」と思う方も多いと思いますが、そんな時代は終わりつつある──。
そう話すのは、PwCビジネスアシュアランス合同会社の尻引善博さん。デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展によって会計、監査の領域は今大きな転換期を迎えていると言います。公認会計士の資格がなくても、始められるという同社の仕事、そしてAI(人工知能)時代にも通用する、「会計×デジタル」という、オールラウンドに生かせるスキルとは。
<目次>
●会計監査はもはや会計士のものだけではない──デジタル化の波で激変する「会計」の今
●会計士の仕事はAIに奪われる? AI時代でも求められるスキルとは
●会計士とタッグを組んで、デジタルツールを使いこなす専門家に
●公認会計士の資格取得もサポート。会計監査のスペシャリストから広がるキャリアとは
尻引 善博(しりびき よしひろ):1998年に青山監査法人監査部に入所、2002年公認会計士登録。製造業を中心としたグローバル企業の会計監査業務、内部統制報告制度に基づく内部統制監査および導入・改善支援やIFRS導入アドバイザリー業務に従事。2006年あらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)入所後、2013年1月よりPwCインド(バンガロール事務所)へ赴任。PwCインドにおいては、南インドを中心に監査・税務・アドバイザリーを幅広く担当。2015年7月より帰任。監査業務変革のための業務標準化と効率化を目的として、2019年7月よりテクニカル・コンピテンシー・センターを立ち上げ、リーダーを担当。
会計監査はもはや会計士のものだけではない──デジタル化の波で激変する「会計」の今
──「PwCビジネスアシュアランス合同会社」は、2015年に設立された比較的新しい企業です。PwCあらた有限責任監査法人(以下、PwCあらた)との関係性も含め、どういった背景で設立されたのかを教えていただけますか?
尻引:PwCビジネスアシュアランス合同会社では主に、PwCあらたとともに企業の会計監査およびアドバイザリー業務を行っています。最近は、会計士が伝統的に手掛けていた会計などの財務領域だけでなく、例えばESG(※1)やCO2排出量といった環境分野の情報開示を積極的にする企業が増えています。
それに伴って、財務以外の領域でも開示情報を保証(アシュアランス)するニーズが高まっています。「会計監査」という1つの小さい枠ではなく、会計士以外のプロも擁して幅広く保証をするのが「PwCビジネスアシュアランス合同会社」です。
(※1)……環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったもの
──尻引さんは、PwCビジネスアシュアランス合同会社でどのような役割を担っているのでしょうか。
尻引:私が担当している部署は「TCC(テクニカル・コンピテンシー・センター)」といって、監査業務の中でも、定型的な業務を標準化したり、AIやRPA(※2)、データ分析ツールといったテクノロジーツールを利用した生産性改革を目指しています。監査業務の広がりに、生産性を高めることで対応するというのが大きなミッションです。
(※2)……ロボットによる業務自動化の取り組み
──会計や監査といった領域でも、AIの開発が進められているんですか? 意外でした。監査というと会計士の方が、部屋にこもって作業をしているイメージだったので。
尻引:最近では、さまざまな業界で「DX」が叫ばれていますが、監査や会計といった領域も例外ではありません。
例えば、領収書に書かれた文字の読み取りは自動で行えるようになりました。手書きの文字を読み取ってデータ化できる「OCR(光学的文字認識)」という技術が発展し、今はPDF化されたデータなら8割ほどの精度で読み取ってくれます。PwCではこうした技術を応用し、監査の手続きを自動化するツールも開発しています。
──会計や監査のデジタル化が、劇的に進んでいるのですね。
尻引:ここ数年で、定型作業を自動化するツールや、効率的に業務を統合するシステムが普及しました。高度な判断が要求されない作業は、デジタル化が一気に進んでおり、会計士でなくとも行える監査業務が広がってきているんですよ。TCCでは、主に会計士以外のメンバーが監査およびアドバイザリーに関連する業務を行っています。
昔は会計といえば「そろばん」でした。それがやがて「電卓」になり、会計システムにより簡素化され、会計の知識がない人でも伝票の入力ができるようになりました。今ではAIやロボティクスが会計の世界に導入されて、タクシーの領収書をスマートフォンで撮影するだけで、伝票起票することも可能です。時代が変わりつつあると思います。
会計士の仕事はAIに奪われる? AI時代でも求められるスキルとは
──しかし、AIなどのテクノロジーが活躍し、会計士でなくともできる領域が増えれば、いずれ会計士の仕事は必要なくなってしまうのではないですか?
尻引:確かに、そのように心配する方は少なくないですね。私は昨年、7回ほど大学で講義をする機会があったのですが、受講している公認会計士志望の学生さんから「AIで会計士や経理の業務は取って代わられると言いますけど、本当ですか?」と聞かれました。
──そうですよね。彼らにはどう回答したのでしょう。
尻引:「取って代わられることはないから、会計をもっと勉強して理解してほしい。デジタルと英語も必要です」と。テクノロジーの発達によって、むしろ会計の知識やスキルの重要度は一層高まると思いますよ。
──それはなぜですか?
尻引:テクノロジーの力を借りるとはいえ、最終的には人間が判断する必要があるためです。仕訳や計上のタイミングなど、会計的な考え方がなければ、適切な会計処理になっているかが分かりません。
どんなに精度が上がっても、イレギュラーが起こる確率をゼロにすることはできないでしょう。これまでも、デジタル移行期に誤った処理は起きていました。そのときに「これは違う」と気付ける人が必要です。AIでもロボティクスでも、技術が高度化し、判断の基準が分からなくなる「ブラックボックス化」が進むと、判断できる人がいっそう重宝されます。
ツールの開発など、エンジニアのようなスキルを持てとは言いません。ただ、少なくともデジタルツールの仕組みを理解し、使いこなすスキルは、会計や監査に携わる人間誰もが求められるようになるはずです。
──他に必要なスキルはありますか?
尻引:大学では教授とも話したのですが、「会計」「IT」「英語」の3つのスキルが必要になるという認識は皆さん共通でした。ただ、大学では会計は学べても、デジタルの活用を学ぶことはほぼできないでしょう。
その点、PwCビジネスアシュアランス合同会社では、スキルアップをしっかりとフォローしているので、会計士を目指す方から監査の世界に触れてみたい人まで、あらゆる人が仕事をしやすい会社だと思います。実際、TCCでは公認会計士の資格を持っておらず、簿記2級相当の会計スキルとデジタルスキルを持った人材を育成しています。テクノロジーの力によって、会計監査およびアドバイザリー業務の仕事をするハードルは劇的に下がりました。
会計士とタッグを組んで、デジタルツールを使いこなす専門家に
──会計士でなくとも監査に関係する業務ができるという話でしたが、監査領域は難しそうで、「自分には関係ない、なれない」と考える学生は少なくありません。実際、PwCビジネスアシュアランス合同会社に新卒で入った場合、どのような業務をすることになるのでしょうか。
尻引:新卒で入社した場合は、私がいるTCCに入ることになるのですが、TCCのミッションは「業務の標準・自動化」と「デジタル化ツールを活用した生産性・業務改革」です。品質の観点から会計士も所属していますが、判断に大きなリスクを伴わないような定型領域を標準化することで一手に引き受け、デジタルツールも利用しながら効率的に実施します。かつては、1年目や2年目の若手会計士が行っていた領域でした。
──公認会計士の資格がなくても、できるものなのですか?
尻引:可能ではありますが、業務の品質管理のためにも「簿記2級」の取得を必須としています。入社時点までに資格があれば良いので、内定後にサポートしていく予定です。若手の会計士がメンターとなって、短期間でフィードバックを繰り返す形を考えています。
──ビジネスアシュアランスが担う定型領域と、そうでない業務は何が違うのでしょうか。
尻引:マニュアル化できるような明確なルールがなく、専門的な判断が求められる部分は会計士にしかできない領域といえると思います。例えば「この固定資産の価値はいくらとするのが良いか」といった判断。これは企業や事業によって判断が分かれるので、リスク評価ができる公認会計士の仕事です。
一方で、監査の過程で生じる事実に基づく計算、例えば、どの企業や業種にも共通して存在しルールが明確な「現預金」や「借入金」の監査手続ならツールも活用して、会計士の品質管理のもと、TCCで集約して実施できます。役割分担をして、PwCあらたの会計士と連携して高品質なサービスを提供するイメージですね。
──業務を切り分けて、それぞれの領域に特化させることで、生産性向上につながるというわけですね。
尻引:これまでは会計士のリソース不足が、どうしてもスピードや品質の面で、監査業務のボトルネックになってしまっていた部分がありました。
TCCがあることで、クライアントの業務改善につながるのはもちろん、アシュアランス全体のビジネスが拡大する中でPwC Japanグループ(以下、PwC Japan)としても効率化が達成できます。高品質かつコスト競争力のあるサービスを提供するには、デジタルツールを活用できる「チーム」が必要なのです。
──お話を聞いていると、PwCビジネスアシュアランス合同会社は会計士の「サポート」という位置付けの印象を受けるのですが、実際はどうなのでしょうか。
尻引:定型的な領域、ということでサポートという面はあります。ただ、同時にデジタルツールを使いこなす専門家でもあると考えます。PwC Japan内での期待も大きく、メンバーも増え続けています。
PwCビジネスアシュアランス合同会社全体の職員は約600人(2022年4月現在)ですが、TCCには350人ほど所属しています。TCCは2017年に私を含めて4人で立ち上げたので、かなりの成長スピードです。今後の展望としては、新卒採用を本格化して、成長スピードに合わせて組織を大きくしていきたいです。
公認会計士の資格取得もサポート。会計監査のスペシャリストから広がるキャリアとは
──PwCビジネスアシュアランス合同会社の職員は、どのようなキャリアを歩むことになるのでしょうか。
尻引:個人の仕事に対する価値観を尊重しているので、画一的なものはありませんが、全体の1割〜2割くらいは、公認会計士の資格を取りたいと考えて勉強しています。実際にUSCPA(米国公認会計士)試験に合格して、PwCあらたに転籍するケースも出てきました。
現在は監査業務への関与者がほとんどですが、監査経験をベースにアドバイザリー業務に携わろうと目指す人もいますね。もちろん、テクノロジーのスキルを高めて、監査業務に継続的に関与することも可能です。
──グループでカバーしている領域が広い分、選択肢は多そうですね。
尻引:また少数ではありますが、PwCビジネスアシュアランス合同会社での監査経験を生かし、他の企業に転職する人もいます。会計や経理、内部監査や事業企画といった領域と親和性が高いので、即戦力として活躍しやすいはずです。
──尻引さんから見て、PwCビジネスアシュアランス合同会社をファーストキャリアに選ぶメリットはどういう点にあると思いますか?
尻引:同じ監査や会計の業務をやるにせよ、一般の事業会社の経理だと、その業種のその会社のことしか分かりません。「監査が好き!」というメンバーからは、「会社や部署ごとの違いが分かって楽しい」という話を聞きます。
PwCビジネスアシュアランス合同会社としての顧客は1,000社以上に及ぶので、年間5~10社ずつ担当して10年続けても50~100社。外資系企業を相手にすることもありますし、ファーストキャリアとして選んでもらえると、相当な経験が積めると思います。また、ワーク・ライフ・バランスが取りやすいというのも特徴かもしれません。
──そうなんですか? 監査業務は時期によって忙しくなるイメージでした。
尻引:メンバーの残業は月間平均で10~20時間です。私は時間外や休日労働の状況をモニタリングする立場ですが、気になるケースはほぼありません。会計士を目指す人も、ワーク・ライフ・バランスを維持しながらスキルを伸ばそうという人も、どちらも活躍できるフィールドです。
──就職を見据え、公認会計士などの資格を在学中に取る学生もいます。PwCビジネスアシュアランス合同会社に入社してキャリアを積もうとすると、後れをとってしまうなどのデメリットはありませんか?
尻引:仕事と勉強を両立させるのが大変、という厳しさはあると思います。しかし、公認会計士を目指すならば、監査の実務を経験しながら勉強するメリットは大いにあると思います。資格を勉強して得られるのは資格でしかありませんが、経験は早くした分だけの積み上げがあります。監査領域のスキルは、やればやるだけ伸びます。
TCCで2年働いて公認会計士になれば、経験ゼロの会計士よりも2年早く昇進できます。2021年度はUSCPA(米国公認会計士)を含め、公認会計士試験に7人合格しています。費用補助があり、将来的には全額カバーできる仕組みも検討しています。
──ありがとうございました。最後に就活生へのメッセージをお願いします。
尻引:ニッチな領域と思われるかもしれませんが、「監査」はあるべきものを追及する、場合によっては正す仕事。そこにやりがいを覚え、頭を柔らかくチャレンジやキャッチアップができる人には、多くの可能性が待っています。
PwCビジネスアシュアランス合同会社もそうですが、中でもTCCは立ち上げが2017年と若く、これからの新卒の人が創っていく組織です。組織もキャリアも自ら作っていくという雰囲気があるので、「やりたい」と思ったことをサポートできます。一緒に未来の会計監査を作っていきませんか?
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PwCビジネスアシュアランス合同会社
【ライター:松本浩司/撮影:保田敬介】