「官庁冬の時代」。
過去には東大法学部卒業生を中心にエリートの象徴であった官庁は、近年「ブラック霞が関」とも揶揄(やゆ)されるようになりました。東大・京大の学生の中でも「官僚離れ」が進んでおり、志望者が減少しています。
それでも毎年、国でしかできない仕事を求めて、1万人以上の学生が国家総合職試験を受験します。かくいう私もその一人。高校生のときに外務省に興味を持ち、2022年に入省予定の、外交官の卵です。
私自身も「とにかく忙しい」というイメージを持っているものの、実際に働いている人はどのように、そして、どのような思いで働いているのでしょうか。
みなさんの「霞が関に対するイメージをアップデート」するシリーズ、「UPDATE 霞が関」。
今回は、外務省総合外交政策局経済安全保障政策室の石田春菜さんに取材を申し込みました。
外務省に新卒で入省後、ボストン コンサルティング グループへの転職を経て外務省に再入省する、という珍しいキャリアを持つ石田さん。
なぜ外務省に戻ってきたのか──学生向けイベントでお会いしたときからずっと疑問に思っていました。
「霞が関がブラックって本当?」「何を目標に働くべき?」就職を迎えるに当たって悩む私に、石田さんはどのように答えてくれるのでしょうか。
石田 春菜(いしだ はるな):外務省 総合外交政策局 経済安全保障政策室 課長補佐
東京大学 教養学部卒業後、2005年外務省に入省。フランス国立行政学院(ENA)で研修を行い、修士号を取得。2014年には9年間在籍した外務省を離れ、ボストン コンサルティング グループ(以下BCG)に転職。主にヘルスケアやパブリックセクターのプロジェクトに従事。その後2019年にBCGを退社し、外務省へ再入省。最近のブームは子どもとボルダリングに行くこと。夫と二男一女の5人家族。(所属部署はインタビュー当時のものです)
次の世代のためにどんな日本を残せるか? 私がBCGから外務省に戻った理由
──本日はよろしくお願いします。学生向けイベントで、石田さんは学生時代から外務省を志望していたとお話しされていましたが、もともと外交に興味があったのでしょうか。
石田:そうですね。幼いころ、父の仕事の関係でオーストラリアに1年ほど住んでから、外交や国際関係に関心を持つようになりました。とりわけ、1990~2000年代、「冷戦終結によって世界は安定する、平和になる」という楽観的な予測に反して、世界各地で民族紛争やテロが頻発していた状況に、子どもながらに疑問を覚え、調べたりまとめたりしていました。
こうした問題意識もあり、大学では国際関係論を専攻し、1年間フランスに留学しました。
──その後、外務省に入って9年目でBCGに転職されていますよね。どういった背景があったのでしょう。
石田:入省してからは、外務本省(霞が関の外務省)で2年間働いた後、フランスの国立行政学院(ENA)に2年間留学しました(※)。その後、フランスのパリにある大使館で勤務し、帰国後、産休・育休も経つつ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会招致(2013年)に関わったり、総理や大臣のフランス語通訳を務めたりさせていただきました。
(※)……外務省の総合職職員は全員、入省3年目から海外研修に行く制度がある
フランス国立行政学院(ENA)の同級生たちと。前から2列目、左から4人目が石田さん。
やりがいもあるし、こんなにスケールの大きな仕事をできる場所はないと感じていました。しかし、夫の転勤の可能性などプライベートな事情があり、また、BCGにご縁があって転職することになりました。
──転職活動の際は、コンサル業界に絞っていたんですか?
石田:転職活動はあまりしていなかったんですが、コンサルティングファームに対しては、「さまざまな業界が見える」「成長につながる」といったイメージを持っていました。
──石田さんのように、省庁に「出戻り」するケースは多くないように思います。BCGで働きながらも、外務省へ戻ろうと感じたのはなぜでしょう。
石田:BCGでは主に、パブリックセクターやヘルスケア関連の業務を担当させていただき、5年間、本当に貴重な経験をさせてもらいました。
クライアント企業の経営課題の解決を支援すべく、仮説を立て、ファクトとロジックに基づき分析し、インサイトを出していく。その過程は、知的にハードなことも多かったです。しかし、例えばチームでの議論を通じて突破口が見える瞬間、自分が関わったプロジェクトを通じてクライアント企業が変わったと感じる瞬間など、やりがいもものすごく大きかった。社会に大きな貢献ができているという確かな実感・手応えがありました。
ただ、BCGで昇進したころからでしょうか、クライアント企業を支援したり、世界各地の同僚たちのさまざまな知見に触れたりする中で、今は、歴史に残るような変動が起きている時代なのでは、と強く実感するようになりました。
──どういった変動なのでしょうか。
石田:一つは、デジタル化を含む技術革新です。SNSで個人が不特定多数に発信できるようになり、ここ数年間でキャッシュレス決済が当たり前になりました。また、技術革新は、安全保障のあり方にも揺さぶりを与えています。
もう一つは、国際情勢の変化です。新興国の急激な経済成長などを受けて、戦後75年間かけて作り上げてきた、ルールに基づく国際秩序が変動期を迎えていると強く感じました。
こうした状況下で、20年後、30年後も自分が生まれ育った日本の安全と繁栄、そして国際社会の平和と安定を保っていく。難しいことではありますが、そのためにはどういう立場がベストなのか、と悩んだ結果、また外務省で働きたいという思いが強くなり、中途採用に応募しました。
コンサルと外務省、「人が財産」は共通。だが、組織文化の違いは大きい?
──官庁と民間企業の両方を経験し、雰囲気や文化などの違いを感じたところはありましたか?
石田:はい。外務省もBCGも、「人」が最大の財産という点では共通しているのですが、もちろん違いもいろいろと感じます。例えば、すごく単純化すると、基本的に、官庁は終身雇用、コンサルは「UP or OUT」、というのは分かりやすい違いで、これが組織文化に与える影響は大きいと思います。
BCGでは「半年~1年といったスパンでどのように伸びるのか」を常に求められ、それぞれのコンサルタントにとって成長の強力なドライバーになっていると思います。一方、外務省では、5年、10年単位、場合によってはもっと長いスパンで、一人前の外交官を育てていく文化があると思います。
──なるほど。他に違いを感じられた点はありましたか。
石田:コンサルでは、ファクトとロジックで徹底的に考え抜いた上で、「これが正しい」と考えたことを提案する、という面があります。官庁でも、ファクトとロジックが重要なのはもちろんで、国に関わる仕事でその点がしっかりしていなければ大変なことです。ただ、同時に、外国政府などのステークホルダーの利益や言い分もしっかりと考えた上で、どう段取りを組んで、どんな主張をしていけば日本の国益を実現できるのかを考え、実行していくのが外務省の仕事だと思います。
──最近はコンサルタントを志す学生が増えていますが、そのファクトとロジックで考えられるスキルを求めるからだと思います。
石田:確かに、入社直後からファクトとロジックに基づいて仕事を行うことを叩(たた)き込まれるところはコンサルの魅力でしょう。ただ、そのスキルはコンサルでないと身につけられない、というものでもないとは思います。私自身BCGで学んだことは非常に多かったですが、どんな官庁や企業であれ、身につけていくチャンスはあちこちに転がっているはずです。
「経済安全保障」とは? 今だけのトレンドではない、日本社会の最重要課題
──石田さんは現在、経済安全保障政策室に所属されています。
石田:そうですね。経済安全保障は、岸田政権の最優先課題であり、今非常に注目されています。外務省でも2020年に私の所属する経済安全保障政策室が設置されました。
──「経済安全保障という言葉は聞いたことがあるけれど、いまいちよく分からない」という学生も多いと思います。国を挙げて注力するほど重要な理由を教えていただけませんか?
石田:これまで「安全保障」と「経済」とは、別々の課題として捉えられることが多かったのですが、近年、その垣根が曖昧になってきています。
例えば、人工知能やドローンといった新興技術が、軍事用ロボットや無人戦闘機といった形で軍事利用されるのはその一つです。また、サプライチェーンの問題もあります。スマートフォンやパソコン、自動車、電化製品などの製造に不可欠なレアアースなど、重要な物資の輸入を海外から止められてしまうと、その国の安全保障に影響が及びうることがあります。
他にも、最近では、政治や安全保障上の問題をきっかけに、特定国の市場から自国の産品を排除されるなどして、自国の政策や安全保障が歪(ゆが)められるリスクに直面するような事案も生じています。
──だから、経済と安全保障を同時に考える必要が出てくるんですね。
石田:そうです。こうした変化を受け、経済安全保障は強化されてきました。これは今だけのトレンドではなく、5年、10年という長いスパンで注力しないといけない課題です。
安全保障への影響も念頭に、日本が高い技術・産業競争力を維持していくため、どうやって技術を育成・保護していくか。他国に頼りすぎない経済構造をつくるために、生活を支えるインフラの安定や、重要物資の安定的な供給をどうやって確保していくのか。国際法などルールに基づく国際秩序をどうやって維持・強化させていくのか。
こうした取り組みを地道に続けていくことが、日本の安全保障の確保に必要だと認識されています。
また、他国との連携も不可欠です。日米豪印やG7などの国々と連携して、ルール作りや具体的な協力を進めていく必要があります。私自身は、現在主にこうした調整を担当しており、大変なことも多いですがやりがいを感じています。
国の一大事の前には、プライベートよりも仕事を優先すべき瞬間もある。それでも働き方は変わってきている
──官庁の職員は、国会や国外情勢への対応など、対外的な要因に業務が左右され、自分が組んだスケジュール通りに進まないから大変だとよく言われます。その点についてはどう感じますか。
石田:確かに、国際情勢や他国との関係などに左右されるところはありますね。
──実際、どれくらい忙しいのでしょう。深夜勤務などはあるのでしょうか。
石田:恒常的に深夜になるような部局はあまりないと思いますよ。ただ、タイミングによっては大変なときもあります。前のポストではASEAN関連の業務を担当していましたが、総理が出席する首脳会合の直前などは会合の成功に全力を尽くし、結果、帰宅が夜遅くになることも珍しくなかったです。
また、ぎりぎりのところで日本の国益を守らないといけない瞬間も多々あります。もちろん、夫や子どもたちの支援・理解があってこそであり、家族には感謝しかありませんが、外交を担う一外交官として、「いやいやプライベートが優先だから……」と言うわけにはいかない瞬間もあると思っています。
──それは確かに……。
石田:でも、企業においても、クライアントからの急なリクエストに対応しないといけないことや、大事なプロジェクトを実現するために踏ん張らないといけない瞬間はありますよね。
また、官庁も変わろうとしています。最近、外務省では業務合理化・デジタルトランスフォーメーションのプロジェクトが動いています。私も微力ながら、有志タスクフォースの一員として参加させていただいています。
国と国との関係も最後は「人」で、相手を動かすのは「人」にしかない情熱と共感です。だからこそ、限られた資源を「人」にしかできない外交活動に集中させる。こうした大きな方針で、従来「人」が担ってきた業務を徐々にデジタル化・合理化する取り組みが全省で進んでいます。
──そういった活動があることを聞いて、私も安心しました。実際、やりがいだけで働けるかというと苦しい部分もあると思いますし。
石田:本当にそうだと思います。国家に関わる仕事をする以上、プライベートを犠牲にしなければならないような瞬間もあります。でもそのことと、普段からプライベートの時間が取れないことは全く意味が違います。
頑張らないといけないときは頑張って、そうではないときは、きちんと休む。当たり前のことだと思います。
人生は一度きり。だったら「自分の仕事で世の中が良くなった」と言える仕事をしていきたい
──石田さんは今、どのような目標を持って働かれているのですか?
石田:この仕事をしていると、自由や平和って、当たり前のものではないと感じることが多々あります。例えば、もし、スマートフォンから、自分がどんなアプリを使って、どんなウェブサイトを見て……というデータが全部抜き取られているとしたら、嫌ですよね。
特に最近、権威主義など、日本と異なる社会モデルを掲げる国が、その価値観や社会モデルを世界に広めようとする動きも見え隠れしています。もしかすると、今後、自由や、民主主義など、私たちが当たり前のように感じている価値が、当たり前ではなくなってしまう可能性もあるかもしれない。でも、「そんな未来にはしたくない」という思いが自分の根底にあります。
──今の学生には、「社会(日本)を良くしたい」みたいなことを堂々と口にするのが憚(はばか)られる雰囲気があると思うんです。少し恥ずかしいというか。「意識高いなあいつ」って思われるんじゃないか、みたいな。
石田:外務省に入れば普通ですよ。他の官庁でも、国に関わる仕事をするのだから、どこも「こういう社会にしたい」という熱い目標を掲げて入省した方がたくさんいらっしゃると思います。
──これは就活生だけの話ではないと思うのですが、自分以外の「何か」のために働くというよりも、自身の成長などをモチベーションに働く人も少なくないと思います。パブリックな方向にモチベーションを保ち続ける秘けつを教えていただけませんか?
石田:人生って1回しかないじゃないですか。1回しかない人生で何を残したかってそれなりに大事だと思うんです。
人にもよりますが、人生のうち仕事に費やす時間は、長いことが多いでしょう。だから、自分の生きた証として、「自分の仕事で世の中が良くなった」って言える方がいい。そういう仕事をしていきたい。そんな思いが、自分の人生の軸なんじゃないかと思います。
(illustration:21kompot/Shutterstock.com)
※こちらは2022年3月に公開された記事の再掲です。