配属リスク、配属ガチャ……大企業でさまざまな事業を取り扱っているがゆえ、総合商社の新卒配属には、「希望通りにいかない」というネガティブなイメージが付きまといがちだ。
希望と別の部署に配属になったらどうすれば良いのか……。今回インタビューした、元伊藤忠商事の長内孝平さんも、そんな1人だった。
営業のイメージが強い商社でまさかのバックオフィス配属。それでも彼が腐らなかったのは起業を目指し、「社外活動」にも精を出していたからだ。ところが、そんな彼の軸がブレたこともあるという。
「商社は新卒の『ビジネス戦闘力』を一気に引き上げてくれます。でも、伊藤忠にいた3年で起業家精神をなくしかけ、学生時代に描いたものとは、全く違う人生を歩もうとしていたときもありました」
現在はYouTube事業家として活躍する長内さん。独立した今だからこそ言える、キャリア感や商社が持つ「毒」と本当の魅力、そしてYouTubeチャンネルを通して、就活生に伝えたいことについて迫った。
長内孝平(おさない こうへい):伊藤忠商事出身/Youseful株式会社代表取締役。
米ワシントン大学留学、神戸大学経営学部を卒業後、新卒で伊藤忠商事株式会社に入社。2018年7月に同社を退職後、Youseful株式会社を創業。58,000人が登録する日本最大級のビジネス教育チャンネル「ユースフル」「トップ就活チャンネル」を運営するとともに、全国各地から受講できる2週間短期集中Excelトレーニング「ExcelPro」を開発・運営する。Amazonベストセラー「Excel 現場の教科書」著者。その他、経営コンサル・企業講演・研修・執筆・メディア出演など、多方面で活動中。
Twitter:@osatoexcel
配属はまさかのバックオフィス、腐らなかったのは「会社は学校じゃないと心得ていたから」
──今日はよろしくお願いします。早速ですが、長内さんの現在のお仕事について教えてください。
長内:今メインとなっている取り組みは、2019年9月にスタートしたYouTubeチャンネル「トップ就活チャンネル」の運営です。それ以外にも、メディア事業やコンサルティングや、出版なども行っています。
また、学生時代から配信しているExcel専門YouTubeチャンネル「おさとエクセル」についても、個人向けExcel教材の販売や法人向け研修サービスとして展開しています。
──「エクセルYouTuber」なんて呼ばれることもありますよね。伊藤忠商事では、主にどんなお仕事をされていたんですか?
長内:コーポレート部門で経理の仕事をしていました。3年ほど勤めましたが、最初の2年は営業経理として現場の営業社員の近くで自動車の輸出や、水プラントの投資などに関わっていました。そこから3年目に本社へ移って、税務の担当になりました。消費税の管理、みたいな仕事が一番イメージしやすいかと思います。
──この配属は長内さんの希望だったんですか?
長内:まさか。全く希望の部署ではありませんでした。商社といえば営業じゃないですか。それこそ、私の同期はみんな営業職志望でしたし、僕も例に漏れず、情報系の営業職を志望していました。
──経理というとバックオフィスですよね。配属が決まったとき、正直なところ、どのように思いましたか?
長内:「今までやってきたことが生かせるな」くらいの捉え方で、特にネガティブな感情はありませんでした。商社マン=営業というイメージを持つ大半の人からすると、「ハズレくじを引いた」と思うかもしれませんが。だけど、僕はそんなふうに思ったことはないですよ。
──配属先に一喜一憂する人が多い中、なぜ長内さんは前向きに捉えられたのでしょう。
長内:一番の理由は、僕自身「会社=やりたいことをやる場所」だと思っていなかったからですね。やりたいことはプライベートでもできます。僕はYouTubeなど、やりたいことを社外でできていて、そこで欲求を満たしていたので。本当は、商社だからできる仕事にそこまで関心がなかったのかもしれません(笑)。
それに、何ごともやってみないと分からないし、食わず嫌いはしたくないんです。サラリーマンの最低限の宿命として、「最初のうちは、与えられた仕事においてパフォーマンスを発揮すること」が大事ですから。
自分で稼ぐ力が身に付かない? 商社で感じた、自己成長を阻害する3つの要素
──先ほどの話で、「何ごともやってみないと分からない」という話がありましたが、実際に商社で働いてどうでしたか?
長内:そうですね、「組織で働き続けるという時間の制約」「大企業で働くことだけに特化したスキルセット(※)」「チャンスの少なさ」が、自己成長のボトルネックになっていたことが分かりました。
僕は学生時代から「良い世の中を作る個人を増やす」というミッションを成し遂げたいと思っています。だからこそ、働く中で、時間のなさがチャレンジを阻害する要因となり、行動を起こす機会を減らしていると気が付いたんです。
また、やりたいことが会社ではなく外にあったからこそ、今の環境では「自分で稼ぐ力」や「戦略的思考」が身に付かないとも感じました。これは商社に限らず、大企業は分業化、最適化された仕事に人材をアサインするからです。
──やりたいことが社外にある、チャレンジの数を増やしたい、といった意識を持ち続けていたということは、商社に入る前から「いつか辞める」と思っていたんですか?
長内:はい。商社に入るときは「僕はいつかここを辞めて起業とかするんだろうな」と思っていました。それは上司にも言われており、入社当初から異端児扱いされていたぐらいです。だけど、そんな僕も商社で働いていた3年間は起業家マインドを失いかけていたんですよ。
(※)……専門的な知識や技術一式のことを表すIT関連用語
「破格の年収」「楽しい仲間」「やりがいのある仕事」で失いかけた起業家精神
──そうなんですか!? それはなぜでしょう?
長内:年収はどんどん上がるし、面白い社員が多いし、仕事もそれなりに楽しくて……。「こういう人生も悪くないな」と思い、学生時代に描いていた人生とは、全く違う人生を歩もうとしていた瞬間がありましたね。
──素晴らしい待遇だと思いますが、起業したい人にとっては「毒」にもなると……。結局、その起業家マインドは、どのようにして呼び戻したんですか?
長内:正直なところ、結局、商社にいる間には戻りませんでした(笑)。僕の場合は子供が生まれたのがきっかけです。子供ができると、どうしても保守的な考え方になってしまいます。「今チャレンジしないで、いつするんだ」と考え、思い切って会社を離れることにしたんです。
──勇気ある決断だと思います。自分に置き換えて考えると、同じように商社を離れようと思っても、そう簡単に辞められない気がします。
長内:普通はそうだと思います。僕もいろいろな人から転職や退職の相談など受けましたが、ほとんどの人が商社に残りました。転職しようとしても、収入面などの安定から、結局「商社、なんだかんだで一番良いな」「自分の持ち場で頑張ろう」と思い直し、その場に落ち着くのです。
──双日出身の辰巳さんも似たようなことをお話しされていました。「結局のところ、プライドを捨てられるかどうか」だと。
長内:もちろん、決断は人それぞれですし、どちらが正しいということもありません。ただ、僕は「今はもう大企業でずっと働く時代ではない」と考えています。
僕が考えた仮説の1つに、「個人の力で食べていこうと挑戦した人のほうが、最終的に市場価値が高まり、アセットも増える」というのがあります。僕は、その仮説に振り切って行動したわけです。
▼長内さんがYouTubeチャンネルを立ち上げた経緯や、そのミッションについての詳しい内容はこちらの記事をご覧ください。
・伊藤忠商事からYouTube事業家に転身。長内孝平さんをリツイート!
「ビジネス戦闘力」を劇的に上げてくれる商社はオススメ。ただし……
──長内さんは最終的に起業の道を選びましたが、もう一度、学生に戻って就活するとしても商社を目指しますか?
長内:はい。総合商社で働くと「ビジネス戦闘力」が劇的に上がるんです。対人コミュニケーションだけでなく、財務や経理、税務の知識などが一気に得られます。例えると、国語、数学、英語、社会、理科の5教科の平均点を80点くらいまで一気に引き上げてくれるような。ビジネスパーソンとして得られる恩恵が大きいんです。
また、独立後に実感したのは、思った以上に世の中はその人のファーストキャリアを見るということです。この人が何者かという「信頼度」を測る指標として使われやすい。学歴と似てますね。その点は、ファーストキャリアが大企業で間違いなかったなと思います。
──とはいえ、最近は以前に比べて、就職しないで起業や独立をしようと考える人が増えています。
長内:学生起業はおすすめですが、大きな成果を出す人はほんの一握り。僕みたいな、いわゆる「普通の学生」だったら、新卒カードを行使しないで捨ててしまうのはリスクが高いと思います。先ほどのビジネス戦闘力と信頼度の話も含めて、新卒では就職したほうが良いと思うんですよね。
ただ、商社志望の学生さんたちには「その後のキャリアは自分でしっかりと判断して」と付け加えておきます。
──それで言うと、商社を辞めたけれども、入って後悔はないということでしょうか?
長内:後悔は全くありません。就活時の自分にとって、商社が最適解だったことは間違いないですし、そもそも過去の決断を後悔しても何の意味もないですし。逆に、ビジネス戦闘力や信頼度を付けてくれた商社には、感謝しかないですね。
人生で成し遂げたい「軸」がある人ほど、商社を飛び出しやすい?
──長内さんから見て、商社を飛び出して活動する人たちに共通点はありますか?
長内:皆さん、軸というか、自分なりに人生で成し遂げたいことがありますよね。同時に「商社でキャリアを積んでも、その軸は満たせない」と気付き、飛び出している人が多い印象です。
そういう人は大体、学生時代からいろいろと考えていて、社会人になる前から既に軸探しをしているんですよ。その上でいったん、総合商社で働くんでしょうけど、ギャップを感じて次の道へ行くという流れなのだと思います。
──もしかしたら、長内さんと同じように「やってみないと分からない」というマインドから、思いや軸があっても、いったん会社で働くという選択肢を選ぶのかもしれません。
長内:そうかもしれませんね。実際に「トップ就活チャンネル」で僕らが伝えたいのは、就活のテクニックではなく「こういう人生の選択肢もありますよ」というマインドセットなんです。もちろん、選考対策なども出してはいますが、社会で活躍するためにも、ビジネスパーソンとしての考えを早い時期から身に付けてほしいんです。
──トップ就活チャンネルの中で、最初に「これは見てほしい」というコンテンツはありますか?
長内:僕や他の商社アルムナイの個人的な価値観が集約されている、「【大学生へのメッセージ】新卒で丸紅・三菱商事・伊藤忠商事に入社した3人が語る『4年間、その時間を何に使うべきか?』」と「【社会人へのメッセージ】商社をやめて起業した3人が語る『20代、その時間を何に使うべきか?』」ですね。
先ほど話した「チャレンジの数を増やす」という話も含め、20代でやるべきことも語っているので、ぜひ見ていただけたらと思います。
流され続けていると3、4年目で行き詰まる。1年目から社外に目を向けろ
──最後に、総合商社を志望する学生にメッセージをいただけますか?
長内:辞めた身でも「総合商社は良い」と伝えたいです。先ほども言いましたが、ファーストキャリアとして、最高の選択肢の1つだと思います。
しかし、何も軸やミッションを持たずに言われた仕事をこなして、それなりに楽しんでいると、将来が不安になるタイミングが来るでしょう。だからこそ「自分が本当に成し遂げたいこと」を学生のうちに、ある程度、確立したほうが良いと思います。
──そのタイミングというのは、具体的にいつぐらいなのでしょう。
長内:26歳ぐらいですかね。入社して3、4年過ぎたころです。また、会社の中だけで人生が完結している人と、会社の外まで広げて活動している人にも違いがあります。
成し遂げたいことが社内にあるなら良いのですが、会社の外にもある場合、社内にいるだけではできないでしょう。だからこそ、会社で働きながらも、外にいるさまざまな志向を持つ人たちに絡んだほうが良いと思うんです。
こうした主体的な行動を1、2年目にやるか、やらないかで、3、4年目に歴然とした差が生まれてしまうと僕は考えます。
──ビジネスパーソンとして大きな差が生まれると。
長内:そうなんです。差をつけられないためにも、何か成し遂げたいことがある前提で、それに近づくためのチャレンジを増やすしかないんです。チャレンジはまず99%は失敗するでしょうが、それを繰り返すうちに、自分の得意なことや好きなことが見えてくると思います。
僕もまだ29歳なので分かりませんが、チャレンジを増やして失敗を転用していくと、30、40代で成功して面白い人生が送れるのではないかと考えていて、今からその仮説を確認できるのが楽しみです。
──実際、3年目くらいで悩む社会人は多いですか?
長内:多いですよ。大企業の中にずっといると、2年目くらいまでは転職市場で価値や評価のあるスキルが身に付くのですが、3年目からは、その企業に最適化されたスキルが身に付くフェーズに入ります。
ジョブローテのある会社だと、さまざまなスキルが身に付く場合もありますが、年次を重ねると、どんどん人生の選択肢が絞られてしまうんですよね。そのため、3、4年目の人たちには「本当に、今のままの仕事や人生への向き合い方で良いのか?」をもう一度考えてほしいと思います。
会社でもチャレンジはできますが、「休みの日に家でYouTubeを見るだけじゃなくて、自分で動画を作ってみてはどうですか?」と言いたいです。「消費者だけじゃなくて、生産者にもなってみては?」とね!
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