「今でもファームのことは好きです。でも」
少し考え込む間があって、次の言葉があった。
「学生の就活ランキングの上位を独占している状態は少し異常だと思います。これから入る人は覚悟した方がいいです」
——そう語るのは、あるスタートアップの役員を務めるAさん。
戦略コンサルティングファームのトップ3社「MBB(※)」の一角に新卒で入り、新型コロナウイルスの感染が拡大する前、5年勤めたファームを退職した。的確に物事を捉えた分析や、淡々とした切れ味鋭い語り口は、まさに「できるコンサルタント」という印象だ。
そんなAさんからこぼれた「異常」という言葉。確かに、近年の東大・京大生の就活人気ランキングの上位はコンサルが占めているが、それは「転職できるスキルが身に付く」など学生のキャリア観があるからこその結果でもある。
しかし、Aさんが根拠なしに話しているようには思えない。真意を確かめるため、われわれはAさんが現場で見てきた古巣のことを聞いてみた。
(※)……マッキンゼー・アンド・カンパニー、ボストン コンサルティング グループ(BCG)、ベイン・アンド・カンパニーの3社の頭文字を取った略称。
「戦略だけではもうからない」。コンサルの採用拡大に潜む本音
コンサル人気を支える副次的な要因として、「採用数が増え、入社しやすくなった」という現状が挙げられる。確かに、ワンキャリアのクチコミを調べても、内定者数がこの5年で1.5倍程度に増えているファームが目立った。
採用拡大の背景にあるのは、デジタル案件の増加だ。ITを活用した生産性向上など、戦略だけでなく実行まで関わってくれるファームをクライアントが求めており、どこも人員を増やして対応する必要が出てきているという。
では、この変化をAさんはどう捉えていたのか。見解を聞いてみた。
「そもそも、単発の戦略案件はもうからないんです。その後の実行の方がはるかにおいしい」
Aさんによると、コンサルティングファームでは、戦略提案の際は実行フェーズまでを含めた計画として提案することが多いそうだ。戦略立案だけの提案では一度プレゼンをすれば終わってしまうため継続的にフィーを得にくい一方、実行支援は長期にわたってコンサルタントが何人も常駐するため、継続的にフィーを得られる。戦略策定や分析はあくまでも入り口で、その後の実行支援をセットにしたビジネスになっているそうだ。
Aさんがいたファームでも、何人ものコンサルタントを常駐させ、コストカットに取り組ませる案件が年々増えていたという。戦略ファームと呼ばれる会社でも、クライアントのニーズや収益性を考えれば、実行支援に乗り出さない手はない。これが、Aさんが「おいしい」という理由だ。
戦略系ファームが次々と実行支援に乗り出していることは、Aさん以外の発言からも読み取れる。
ある総合系ファーム出身者は、「日本社会にコンサル出身者が増えたことで、これまでのような戦略提言がコモディティ化している。実行支援に乗り出す戦略ファームも多く、コンペでバッティングすることも年々多くなっている」と話す。
では、実行支援が増えたことで、実際の職場はどう変わったのか。Aさんは「積極的に辞める理由がなくなった」と話す。
コロナ前にはホワイト化が進む。「積極的に辞める理由がなくなった」
Aさんがいたファームでも近年、採用人数が増加した。実行支援までを担うためのマンパワーが不足していたこともあるが、実行支援については、業務の定型化が進んだことで新人をアサインしやすくなったことも採用増加を後押ししているという。
もちろん、新型コロナウイルスの感染拡大が世界経済に影響を及ぼしたことで、積極採用の傾向に歯止めがかかる可能性もあるだろう。
ただ、Aさんの口からは、コロナ前に起きていたある変化が語られた。
「マネジャーへの昇進基準が下がったから給料はすぐに上がるし、労働環境もホワイト化しています」
2019年の働き方改革関連法の施行などを受け、各ファームは社員の労働時間を厳しく管理するようになった。Aさんがいたファームも労働時間は減少した。そして、実行支援の業務は定型化したので、3年もたてばプロジェクトを回すことに苦労しなくなる。昇進も夢ではない。
コンサルタントは「転職ありき」の職種ともいわれるが、現状では転職しなくても満足できる職場になった、ともいえる。
見方を変えれば、実行支援に乗り出したことでクライアントの課題は解決し、ファームは安定的に利益を得られる。中で働く人も、良い給料と働きやすい職場を手に入れられた。
「三方よし」ともいえる関係性に思えるが、なぜAさんはファームを退職したのだろうか。
「コンサルは仕組みで十分もうかっていますが、そこに社員が安住し始めているのはもったいないと思うんです」
定型化したマネジメント業務で、欲しいスキルは身に付けられるのか
Aさんが論点に挙げたのは、「定型化した業務にアサインされた新人は、成長できるのか」という点だ。
例えば、新人がコスト改善の案件にアサインされたとする。Aさんによると、定型化したコストカットのパッケージをクライアントに実行してもらうことが主業務になる。ここでコンサルタントが知恵を絞ることができればいいが、多くはクライアントが計画を進めるためのスケジュール管理やマネジメントになるという。その経験から、スキルが身に付くこともあるだろう。
ただ、Aさんは「それが本当にスキルとして生きるかどうかは、マインドセット次第で決まる」と指摘する。
「ある意味、楽なんです。日中はお客さんのところに行って、会議室で進捗(しんちょく)率を確認して『いいですね』『なんで遅れているんですか?』『来週また報告してください』と話す。それが終わったら、エクセルを埋めて、マネジャーに報告。見方によっては、自分は何もしていない。強いて言うならば、工場のおじさんのモチベーションを高め、せっついているだけ」
Aさんによると、この現状に「こんなはずじゃなかった」と辞める若手もいる一方、問題意識を抱かずに過ごす若手もいる。それでも満足できる生活が送れる職場環境を、Aさんは「サラリーマンをするには天才的にいい場所」と表現した。
1年目から麻布十番で合コンをしているやつからダメになる説
さらに、Aさんは「現状にしっくりきている若手がいるのが、一番ヤバい」と語る。
「1年目は、思いのほか自分ができないこと、先輩の偉大さに気付いて必死にやろうとするんです。気付いたら土日もつぶれちゃって、『だるいな』と思いつつも次の週も頑張るのを繰り返す。いつの間にか仕事がめっちゃ速くなっているので、時間に余裕が出てくる。2年目からキャンプに行くようになるくらいの人が、コンサル業界での『きれいな仕上がり(成長した姿)』です。1年目から遊んでいてはダメです」
Aさんはこれを「1年目から麻布十番で合コンをしているやつからダメになる説」と唱える。説の真偽はさておき、Aさんが懸念するのは、「自分ができないこと」に気付かないで遊んでしまうことだ。
特に採用人数が増えれば、どうしても若手一人当たりにかけられる育成の時間も少なくなってしまう。自分の力だけで成長する姿勢が若手には必要だが、Aさんの周りには、そうした気概を感じる人は少なかったようだ。
「『こういうプロジェクトをやれば昇進できる』とか『あのマネジャーは緩いらしい』とかでプロジェクトを選びたがる人がいました。でも、それは『あの教授、単位出やすいらしいぞ』と授業を選ぶようなものですよね。それが悪いとは思いませんが、僕は内心しょうもないなと思ってしまう気持ちもあります」
変わりゆくコンサルで「今でも変わりなく優秀」な人は、何が違うのか?
コンサルの現状を嘆く言葉もこぼれたAさんだが、「本当にできる人は、変わりなく優秀です。平均すると下がっているだけです」と話す。
では、Aさんが優秀だと感じた人はどのような人なのだろうか。
「本質的じゃないところには、全く頭を使わない人たちでした。人事評価が上か下か、評価を上げるために何をするか、みたいなことは気にしないんです」
Aさんが尊敬する先輩コンサルタントたちは「言葉に重みがあり、それがお客さんの信頼につながっていた。人としての厚みを感じました」と振り返る。その人たちはどこかで事業会社を経験しており、失敗できない状況や修羅場でしか得られない「ヒリヒリ感」を知っているそうだ。
「今のコンサルに漂う緩い空気に違和感を持っていても、じわじわと慣れて『これをした方が楽だし、評価される』と考え始め、気が付いたらなりたくない自分になっているかもしれない。そうなるくらいなら、最終的に戻るかどうか別にしても、ファームを出た方が絶対にいい。そう思いました」
これが、Aさんがコンサルタントを辞めた理由だ。
そして、同時にコンサル時代に購入したスーツを全て捨てた。「『出戻り』ができるからという発想では、大成できない。そんなマインドでは、本質的に転職できていないんです」
Aさんがコンサルだらけの就活人気ランキングに抱いた違和感
改めて、Aさんに東大・京大就活人気ランキングを見てもらった。目に止まったのは、上位に日本のBtoBメーカーがランクインしていないことだった。
Aさんは、就活時には世界で活躍する日本のBtoBメーカーを複数受けており、コンサルタントとしても製造業のクライアントを相手にし、日本のものづくりの力を感じていた。確かに、日本企業の時価総額ランキングを見れば、上位にはトヨタ・信越化学工業・村田製作所・ダイキン工業など、世界的なシェアを持つメーカーが多数並ぶ。
「歴史的に見ても、日本はものづくりで勝ってきました。これから日本が世界で戦えるのは製造業しかないのは明らかなのに、そこに優秀な人材が流れないのが不思議で仕方ない。日本のBtoBメーカーが優れているのは、ちょっと調べれば分かることじゃないですか」と、Aさんは嘆く。
目先のことだけでなく、世界に目を向けて決断する。そんな考えは「キャリア選択」という個人の現実の前では、きれいごとに近い理想論に映るかもしれない。だが、Aさんが好待遇のファームに安住せず、スタートアップに転職した背景には、似たような思いがあった。
「このままスタートアップでの挑戦が失敗し、低空飛行のまま終わっても、結果がそうなら仕方ないです。むしろ、そこに向けてチャレンジをしたかどうか、高い視座を持ってやったかどうかが大事です。
なぜなら、その経験は、本質的に成長のドライバーになります。最初から高い視座を持っていないと、何をしても意味がないというのが私の感覚です」
そして、仮にスタートアップで挑戦して失敗したとしても、ファームに残って昇進したときと比べた市場価値の違いは「誤差でしかない」とも感じている。
「誤差にしないといけないですね。そういう気合でやらないと」。Aさんは自分に言い聞かせるように語った。
ちなみに、Aさんは「安定志向でまじめにコツコツ頑張りたい」というキャリア選択も「リスペクトできる」と話す。Aさんが問題とするのは、コンサルは本来そうしたキャリア観と相いれない場所であるはずなのに、ということだろう。
理詰めで考えず、周りに惑わされない。それが就活で実行できた人は入社後も輝く
今、就活生だったらコンサルに入るか? Aさんにこの質問をぶつけてみた。
「多分行かないでしょうね。学生が集まりすぎていることが、感覚的に気持ち悪いというか」
Aさんは戦略ファームに入ったこと自体は後悔していない。だが、求めていたのは、学生が群がっていない状態の戦略ファームだった。
「世の中の全員が夢を追い求めるスタイルでないのは分かりますが、少なくとも少し前まで戦略ファームって、そういうのじゃない人が来る場所だったんじゃないでしょうか。他の同級生が選ばない道を選ぶような『変人』が来る場だったんです」
Aさんが変人との出会いを求めていた戦略ファームは、時代の変化とともに、いわゆる「秀才」が集まる場になりつつあるのかもしれない。Aさんはこう続ける。
「変人は理詰めで選ばないんです。でも、世のコンサルを受ける人たちは、理詰めで会社を選んでいるのではないでしょうか。『自分でも行けそうな感じになってきた』とか、『すごく給料が良い』とか」
理詰めの積み重ねによって生まれたコンサル上位独占のランキング表。Aさんはそこに一種の「異常さ」や「気持ち悪さ」をかぎ取ったのかもしれない。そして、高い視座を持つ機会がなく、頭のいい学生が「なんとなくコンサル」を目指してしまう日本の現状にも。
取材の最後、Aさんは就活生時代を振り返り、こう語った。
「私も学生時代、どこまで高い視座を持っていたかといわれると、自信がありません。そういう意味では、コンサル人気の中で就活する今の学生を責めても意味がない。高い視座を持つ大切さに気が付ける機会が少しでも増えれば、変わると思います」
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(Photo:skyNext , Rawpixel.com , Georgii Shipin , Gajus/Shutterstock.com)
※こちらは2020年6月に公開された記事の再掲です。