「コミュニティの外に繰り出して、普段会わないような人に会うこと。私もソフトバンクアカデミアに参加し、ソニーにはいない起業家たちに会えたからこそ、起業という選択肢を得ることができました」
三日坊主防止アプリ「みんチャレ」を提供する、エーテンラボ株式会社(A10 Lab Inc)代表取締役CEOの長坂剛氏は、このように語る。
長坂氏は、東京工科大学メディア学部でプログラミングやデザイン、映像制作について学んだ後、新卒でソニーに入社した。ソニーでは企業向けの映像制作機器の販売や新サービス立ち上げなどに従事。そして社内ベンチャーとして「みんチャレ」を開発し、2017年に独立した起業家である。
特集「理系異端児のキャリア論」。今回は、長坂氏が語った「接する人が変われば、行動も変わる」という言葉をひも解いていきたい。
5人1組で励まし合い、新しい習慣を身につける。生活習慣病改善の実績も
長坂 剛(ながさか ごう):エーテンラボ株式会社 代表取締役CEO。2006年ソニー株式会社入社。BtoB営業やデジタルシネマビジネスの立ち上げを経て戦略部門マネージャー。プレイステーションネットワークのサービス立ち上げに従事し、ゲーミフィケーションによる行動変容について学ぶ。ソニーの新規事業創出プログラムから「みんチャレ」をリリースし、2017年にエーテンラボ株式会社を設立しソニーから独立。ソフトバンクアカデミア 外部一期生。大企業のイントラプレナーからスタートアップのアントレプレナーに進化した起業家。
──あらためて、「みんチャレ」がどのようなサービスなのか教えてください。
長坂:「みんチャレ」は新しい習慣にチャレンジしたい方向けの、三日坊主防止アプリです。同じ目的を持つ匿名のユーザーが5人1組になり、グループチャット上でチャレンジの証拠写真を送り、「OK!」を送って励まし合うことができます。こうした相互フィードバックのループを続けることによって、行動変容と習慣化を促しています。
──どのような用途で使うユーザーが多いですか?
長坂:1人で続けるのは大変なこと、例えば資格試験の勉強やダイエットなどに活用される方が多いですね。同じチームで数年継続しているチームの中には、オフ会を開催して実際に会ったというケースもありますよ。
──今までのチャレンジの中で、印象に残っているものはありますか?
長坂:糖尿病の治療患者の方が「みんチャレ」を活用して、症状が良くなったのはうれしかったですね。その方は、インシュリン注射と食事運動療法をしていたのですが、「みんチャレ」を活用して生活習慣が変わったことで、半年ほどでインシュリン注射をしなくていいほどに回復しました。さらに半年後には、投薬治療もなくなり食事運動療法のみに。今も治療は続けていますが、サービスを通して病気をコントロールできるという成功事例が生まれています。
──すごいですね。そういったユーザーはどのように「みんチャレ」のことを知るのですか?
長坂:主治医が患者に「みんチャレ」を紹介したり、患者のクチコミで広まったりです。
慢性疾患はずっと向き合わなければいけないのに、周囲にオープンにしづらく、仲間もできません。しかし、「みんチャレ」では匿名の空間で仲間が作れますし、利用までのハードルが低い。糖尿病に限らず、高血圧やガン患者への活用も今後期待できると思います。
「このままブラック業界に就職していいのか」キャリアを考えたきっかけはショック療法だった
──長坂さんは東京工科大学メディア学部を卒業されて、ソニーに新卒で就職されていますよね。就活やキャリアについてはどのように考えていましたか?
長坂:私が所属していた学部ではプログラミング全般やデザイン、映像制作など幅広い領域を学ぶことができましたが、先輩方はSIerや大手ITにエンジニアとして就職する人が多くいました。
私も入学したばかりのころは、先輩方と同じ道に進もうかなと考えていたのですが、就職した先輩の話を聞いているうちに考えが変わりました。当時はITエンジニアの長時間労働が問題化していて、残業続きで家に帰れない、仕事がきつくて会社を辞めたといった話を聞くようになったんです。ある種のショック療法ですが、「このままではマズい」という危機感を持ったことが、自分のキャリアを意識したきっかけでしたね。
──キャリアを考え始めてから、何か具体的にアクションはされましたか?
長坂:大学の外に目を向けてみようと思い、医療系のテレビ番組制作をしている会社にインターンで入りました。最初はアシスタントディレクターをしていたのですが、徐々に編集やディレクションも任されるようになって。働くということを知る上でいい経験になりましたね。
──インターンをする中で、キャリアに対する意識はどう変わりましたか?
長坂:映画の制作会社やテレビ局に就職したいと思うようになりました。映像制作を勉強していたので、技術セクションで就職することも考えたのですが、インターンで経験したディレクターになりたくて。ただ、選考では最終面接落ちが続きました。
今思い返すと、「何の番組を見るの?」と聞かれて、「海外のプロレスばかり見ているので、日本の番組は見ていないです」と答えていたので、落ちるのは当たり前ですね(笑)。
──最終面接でそれを言うのはすごいですね(笑)。
長坂:その後、もっと広く業界を見てみようと思って、大手のメーカーやゲーム会社、IT企業などを受けました。大学では技術系の勉強もしていたので、理系職を勧められることもあったのですが、文系職、企画職にこだわりましたね。プログラミングを仕事にしたいとは思わなかったし、ものづくりの一部分ではなく全体に関わりたいと思ったんです。
いくつか内定をいただいた中で、幅広い経験ができ、かつ大手の中でも早く活躍できそうと感じた「ソニー」への就職を決めました。
──ソニーに就職されてからはどのような業務に携われましたか?
長坂:映像制作機器の販売営業やデジタルシネマビジネスの立ち上げや事業戦略部門、プレイステーション ネットワークの音楽配信サービス「Music Unlimited」立ち上げなどに関わりました。若い人材に新しいを挑戦させることが、社風として根付いていたのがありがたかったです。
ソフトバンクアカデミアの起業家たちから学んだ、「やってみればいいじゃん」の姿勢
──長坂さんはソニー社内のシード・アクセラレーション・プログラム(SAP)で「みんチャレ」を開発し、ソニーから独立しますよね。起業のきっかけは何だったのでしょう?
長坂:私に起業という選択肢が生まれたきっかけは、孫正義さんの後継者を育てるソフトバンクアカデミアに入ったことです。孫さんが登壇する動画を見て応募してみたのですが、いざ入ると周囲は起業家ばかり。サラリーマンとは思考回路が違う人ばかりと出会えて、私の考えは全く変わりました。
何かアイデアを共有すると「やってみればいいじゃん」と言われるし、後からも「そういえば、あのアイデアってどうなったの?」と尋ねられる。それまでは企画が通らなかったら終わりでしたが、自分のアイデアを自分の手で形にしていいんだと知れたことで「みんチャレ」の開発へとつながりました。
──自ら行動する起業家から刺激を受け、ご自身もチャレンジしてみたくなったんですね。
長坂:その後も試行錯誤の連続でした。まずは、ソフトバンクアカデミアの仲間と「小さなメダル」というアプリを開発しました。このアプリは、ユーザーの行動をメダルという形で褒めることで、さらに行動を促すというものです。ただユーザーの行動の幅が広すぎて、ユーザーを評価するために無数のアルゴリズムを設計する必要があり、方向転換することになりました。
次に、小さなメダルでの反省を生かして、美容に特化した習慣化サービスを開発し、ソニーのSAPにエントリーしてみました。ソニーのSAPは採択されると、期限付きではありますが、業務時間の100%をその事業に使うことができるんですよ。
──業務の100%はすごいですね。結果はどうでしたか……?
長坂:残念ながら、採択されませんでした。ニーズがありそうなので美容に特化したものの、「なんで美容? 興味はあるの?」という問いに対して、私自身が納得のいく答えを出せていなかったんですよね。「確かに興味はないな」と思ってしまいました(笑)。
長坂:そこで、次に開発したのが「みんチャレ」でした。SAPに再度エントリーしてみると、今度は選ばれて。その後、サービスの成長を加速させるため、ソニーから独立。2017年2月に会社を設立して、今に至っています。
──ここまで見ると、開発したサービス全てにおいて、行動変容や習慣化に着目されています。
長坂:はい。ソニー2年目に「教師塾」を開催している原田隆史さんの授業に、オブザーバーとして参加させてもらったことの影響が大きいと思います。原田先生がそのときに言っていたのは、「生徒が自立するためには習慣を身に付けさせることが重要で、そのためには親や先生など周囲の人がフィードバックをしてあげることが大切」ということでした。
習慣化は大人になってからも難しいものですよね。私は昔からゲームが好きだったのもあり、ゲームのように入力した行為に対して反応が得られる「ゲーミフィケーション」を取り入れることで、人々の習慣化を助けるサービスを生み出せないかと考え続けてきました。
ただ、フィードバックを得られるだけでは動けない人もいます。そこで、当事者同士で励ましあう「ピアサポート」を取り入れたことで、「みんチャレ」は効果のあるサービスになりました。受験勉強をするとき、家でははかどらないけど図書館ならはかどる感覚と似ていますね。
同質性の高いコミュニティを飛び出し、まずは人と会ってみてほしい
──行動変容や習慣化を促す「みんチャレ」ですが、長坂さん自身がキャリアの中で行動によって次の道を切り開いていますよね。その原動力はどこから来ているのでしょうか?
長坂:大学の外に出ることで刺激を受けた、という学生時代の経験からです。新たな刺激があると、新しいアウトプットが生まれていきます。就職活動のときも、ソニーに就職をしてからも、起業をしてからも、知らない世界を知れるのがすごく楽しかったんです。
人は自分から積極的に行動をしていると、幸福感が生まれることが統計的にも分かっているそうです。そのため、「みんチャレ」もテクノロジーによって人を行動させ、ユーザーを幸せにするということをミッションにしています。
──就職活動をする学生の中には、「やりたいことが分からない」という人が多いと思います。よく「原体験を探せ」といったアドバイスを耳にしますが、長坂さんとしてはまず行動してみることが大事だと考えますか?
長坂:そうですね。私自身も、就職活動のセオリーとして「原体験を探す」ことには取り組みましたが、どちらかというと「まずは行動してみること」の方が重要だと思います。
「原体験を振り返った結果、プログラミングが好きだと分かった」とエンジニアを志望するよりは、実際にコードを書いてみて楽しかったらやる方がいいですよね。20年ほどの人生から、「これを一生やりたい」と思えるものはなかなか見つかりません。少し興味があるとか、面白いと思うことをまずやってみること。その一歩が必要になるのではないでしょうか。
──理系学生は研究室の先輩を見て進路を決めてしまう、といった話も聞きます。コミュニティ以外の新しい出会いが少ない学生もいますし、習慣的に新しい刺激を取り入れるためにできることはありますか?
長坂:研究室にいるのが当たり前だと、コミュニティの同質性が高まるので、どうしても同じ進路になりがちですよね。周囲と同じ進路に進むこと自体は否定しませんが、やはりコミュニティの外に繰り出して、普段会わないような人に会うことをオススメします。
私もソフトバンクアカデミアでソニーにはいない起業家たちに会えたからこそ、起業という選択肢を得ることができました。
──自分の畑と全然違う人と話をするのは、これまでにない刺激をもらえますよね。最後に、学生に向けてメッセージをお願いします。
長坂:人生は一度きり、やりたいことをやったもんがちです。敷かれたレールに少しでも違和感を覚えれば、チャレンジしてみていいと思います。
新しいことを始める怖さはあるかもしれませんが、レールを少し外れたからといって、路頭には迷いませんし、やってみると世の中そんなに怖いことはありません。私も独立してから大変なことばかりですが、何とかなってきました。あなたを必要としてくれる人は必ずどこかにいますよ。
【撮影:保田敬介】
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※こちらは2019年11月に公開された記事の再掲です。