激変する、仕事選びの時代──。
読者の皆さんは、アメリカの平均転職回数がどれくらいかご存じだろうか。
答えは11.4回。仮に40年働くとして、4年に1回以上のペースで転職をするイメージだ。それに対して、日本人はまだ2回程度。日本独自の慣習だった「終身雇用」が崩れつつある状況を考えれば、今後、「転職市場」が伸びることは容易に想像できるだろう。
そのような状況下で、急速に存在感を増している企業がある。エン・ジャパンだ。転職サイトを運営する同社からすれば、転職者の伸びは収益増加につながるだろう。しかし、彼らは「仕事を大切に、転職は慎重に。」という理念を掲げ、決して転職を煽(あお)らない姿勢で独自のポジションを築いているのだ。
ワンキャリアがお届けするトップインタビュー企画。後編では、代表取締役社長の鈴木孝二氏が登場。同社が掲げるミッション「入社後活躍」へのこだわりと、テクノロジー領域へ投資する理由、そして、海外事業強化の狙いについて、ワンキャリア編集長の池田憲弘が迫った。
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・苦難の時代も僕らは正義と収益を追い続ける。異色の存在、エン・ジャパン──6期連続増益・経常利益118億円の秘訣
「M&Aの投資枠に200億円ある」。急速にテック・アジアビジネスで強みを伸ばす──エン・ジャパンの未来
鈴木 孝二(すずき たかつぐ):エン・ジャパン株式会社 代表取締役社長。1995年、エン・ジャパン株式会社の前身である株式会社日本ブレーンセンターに新卒入社。2000年1月、同社にてインターネット求人広告の事業を担っていた部署が分社化し、エン・ジャパン株式会社が設立される。設立と同時に同社の取締役営業部長に就任。2008年3月より常務取締役、2008年6月より現職。
池田:本日はよろしくお願いします。エン・ジャパンさんは、現在6期連続で増収、売上が487億円、経常利益118億円で利益率24.3%。業績は絶好調に見えますが、IRを拝見して驚いたのは、2020年3月期からの3年間で200億円ものM&A投資枠が設けられていることです。実際、過去にも2019年4月〜12月期だけで、合計11社の投資実績があります。改めて、現在のエン・ジャパンの事業の状態と、今後の投資戦略を教えていただけますか?
鈴木:まず、業績に関して、私は「絶好調」という気持ちになったことは一度もありません。しっかりと収益を出すのは大切なことですが、それは当然「目的」ではない。私たちが成し遂げたいのは、「入社後活躍(転職した人が会社に定着して活躍すること)」を業界のスタンダードにすること。その実現のためには、やるべきことがまだ山ほどあります。絶好調、とは決してならないですよね。
池田:理念の実現にはまだ道半ばということですね。では、実現に向けて、既存事業で出た潤沢なキャッシュをどのように投資されていくのですか?
鈴木:今後はテクノロジー分野でのM&A強化と、既存のHRテックをさらに強化していきます。特に投資領域では、人材以外の領域にも挑戦したいと考えています。
池田:え? 人材以外の領域にも進出していくんですか?
鈴木:ええ。中期経営計画でも「総額200億円の投資枠を設定」と述べている通り、今後は、人材領域以外も含めてテクノロジー分野を中心にM&Aを積極的に行う予定です。
グループ会社「Insight Tech」で展開する、AI(人工知能)データ解析サービスの魅力
池田:具体的には、どういうことでしょうか?
鈴木:エン・ジャパンを従来型のインターネット求人サイトの会社だと思っている人は少なくないと思いますが、そのイメージは今後変わっていくと思います。例えば、グループ会社の「Insight Tech(インサイトテック)」では、会員に日常のさまざまな不満を登録してもらって買い取る「不満買取センター」というサービスを展開しています。
池田:面白そうなサービスですね。買い取った「不満」は何に利用されているのでしょうか?鈴木:1,400万件以上の生活者の声(2020年4月時点)を元に、AI(人工知能)でデータ解析を行い、各企業のマーケティングやプロモーションに活用してもらっています。パナソニックや味の素など、有名企業との取引実績もありますよ。他にも、コールセンターにかかってくるお客さまの音声情報を解析し、対応の改善に役立てるといったケースもあります。
池田:人材領域だけでなく、AIサービスなど、幅を広げていく戦略というわけですね。
鈴木:もちろん、足元の求人サイト事業も重要ですが、人材領域以外で世界一になれる事業を作る。これもエン・ジャパンの大きな目標です。
新卒女性3名がいきなりインド駐在。「立候補制の配属」で若手の意欲は買う
池田:もう1つ、投資家向け情報提供(IR)を見ていて驚いたのが、インドやベトナム、中国といったアジアへの事業展開です。特にベトナムでは、国内初・最大の求人サイト「ベトナムワークス」を運営するなど、積極的な海外展開も行われています。学生さんなら気になると思うのですが、実際、海外で働く機会はあるのでしょうか?
鈴木: 2019年4月に入社した女性3名は自ら希望をして、いきなりインドに駐在することになりました。他にも、若手中心に今(2020年4月時点)、インドに6名、ベトナムに8名います。海外の配属に関しては、立候補が原則でして、望まない限りは配属することはありません。
池田:いきなり、新卒女性3名がインド駐在ですか?
鈴木:はい。当然、行きたいけれど、能力が足りなくて行けないという場合はありますが、行きたくない人には行かせません。新卒で立候補したのには、私自身がびっくりしましたが、彼女らは現地の人たちとシェアハウスに住みながら、働いてくれています。
池田:インドのシェアハウスに住む。これもご本人の希望ということですか?
鈴木:ええ。むしろ、その方が働いている人の気持ちが分かるからと。たくましいですよね。彼女たちのような若手が、次のビジネスを作るのだと思っていますし、会社としても若手の意欲は今後も買っていきたいと思っています。
池田:面白いですね。
ベトナムも中国も。国が豊かになると必ず「人材育成」が課題になる
池田:エン・ジャパンさんは、インド以外にもベトナムや、タイにも事業を展開されています。ここにもビジネスチャンスはあるとお考えですか?
鈴木:日本がそうであるように、「転職」への考え方は、国や時代によって変わっていきます。例えば、ベトナムは転職が当たり前で、3年同じ会社にいたら「できない人」と思われます。それもあって企業が新卒を採用せず、社会問題になっていました。「どうせ転職するのだから、新卒を採用して育てるなんてムダ」という考え方です。しかし、今は優秀な人材は取り合いになっており、「自分たちで育成しないといけない」と言い始めています。
池田:私も以前、インドではエンジニアの取り合いになっていると聞きました。それぞれお国柄はあれど、人材に関する悩みは似ているんですね。
鈴木:中国でも人材に対する考え方が大きく変わりました。10年ほど前に行ったとき、「入社後活躍」の理念を話しても、現地の社員には「言っていることは分かるが、ピンとは来ない」とはっきり言われたことを覚えています。
彼は上海に働きに出るために、田舎の親戚からお金を借りていて、その給料で家族や親戚15人を食べさせないといけないという状況でした。そんなときに「入社後活躍」なんて言っていられないというのは分かりますし、実際に私も当時は何も言えませんでした。
しかし、数年たったら彼も状況が変わりました。国が発展することで暮らしが豊かになったためです。そうすると、お金ではなくて「何のために働くか」や「誰と働くか」が大切になってくるんですよ。
池田:世界中が豊かになったことで、人材育成の重要性が再確認されつつある、ということですね。
採用支援プラットフォーム「engage」は既に27万社に導入。国内事業はデータを活用するフェーズへ
池田:ここまで主に「新しい領域」について伺ってきましたが、今、売上の大半を占めるのは国内の人材領域です。人材領域に興味がある学生さんにとって、エン・ジャパンはどんな魅力があるでしょうか?
鈴木:今、相当面白いフェーズですよ。企業は今、何を基準に人材戦略を考えればいいか分からなくて本当に困っています。私たちは、採用支援プラットフォーム「engage(エンゲージ)」を展開していますが、採用から定着までを一貫してサポートできるサービスへのニーズは高い。engageは27万社の企業に利用いただいていますが、これだけの規模で使われているHRテックサービスは他にないと思いますよ。
池田:すごい。日本にある大企業が1万社程度なので、その20倍を上回る企業が使っているということですか。大企業もそうですが、相当数の中小企業が使っているわけですね。
鈴木:私たちは、もともと、中小企業の支持を得て伸びた会社ですし、日本企業のほとんどは中小企業です。彼らは日々「今、人が足りない」「今あの人が辞めそうだ」といった課題に直面しています。そんな現場の課題を解決するために必要なデータが、すぐに得られるサービスを目指しているのです。
エン・ジャパンでは、これまでさまざまなサービスを開発してきました。オンラインで受講できる研修サービスの「エンカレッジ」や、オンライン適性検査の「Talent Analytics」、入社後の満足度を測定する「HR OnBoard」。これらのデータが集積しつつあります。
池田:つまり、エン・ジャパンというデータプラットフォームに、サービスを利用している企業のデータがたまりつつあるイメージですね。
鈴木:それに加えて、私たちは、古くから採用をはじめとする人材戦略のコンサルティングもたくさん行ってきたので、人材領域における「秘伝のタレ」ともいうべき、受け継がれてきたノウハウも持っています。これをIT化できるのはエン・ジャパンだけですし、だからやる意味がある。ここがいわゆる、HRテックベンチャーとの大きな差だと考えます。
池田:新興のテック企業は、太刀打ちするのが難しいわけですね。
プロダクトの機能や言葉はすぐにマネされる時代。「信念へのこだわり」こそ、最も模倣しにくい部分になる
池田:ただ、市場にチャンスがある分だけ、人材業界はライバルも多く、激戦だと思います。その中でも今後も伸び続けていくために必要な、エン・ジャパンの本質的な強みはどこにあるのか、まだ不安に思う学生さんも多い気がします。
鈴木:本質的な強みを一言で言うなら、「会社が大切にしている理念を、商品やサービスに徹底的に落とし込んでいること」だと思っています。
池田:具体的には、どういうことでしょうか?
鈴木:先に述べた「入社後活躍」という理念もそうです。「本気で転職のミスマッチを防ぎたい」という思いが、サービスに表れています。
例えば、仕事の厳しさや社員のリアルな口コミなど、企業にとってマイナスになり得る情報まで公開しているサービスが分かりやすいでしょう。求職者にとっては、事前に企業の裏側まで把握できるのはうれしいことであるはず。一方、企業側に提案しても「賛成です、全てオープンに書きましょう!」と言う会社はほとんどありません。
池田:確かに。人事担当者としては、仮にミスマッチが減ったとしても、応募者が減ると不安になりますよね。
鈴木:そうです。「理想は分かるけれど、お金を払っているのに応募者が減ったら上司から怒られる」とか「そんな面倒なことを言うなら、他のメディアで求人広告を出すからいい」と言われることだって日常茶飯事です。
その不安に対して、われわれは「そこをなんとか」と提案し続けないといけません。時には、信念を持って、「エン・ジャパンを選んでもらえなくてもいい」という判断をする必要もあります。
池田:売上を見逃すような判断は、なかなか勇気がいるように思いますが……。
鈴木:だって、そこで売上を選んでしまったら、「なんだ、格好いいことを言っていても、結局は売上じゃないか」と求職者や、社員に思われてしまいますから。「理念はあるけれど、売上のためには例外があってもいい」は、エン・ジャパンでは許されない。このように、理念と実態が一致していることが当社の強みです。他社が一朝一夕でまねできるようなものではありません。
自分も29歳で取締役を任された。若手には育てるより「チャンス」を
池田:ここまで事業の話を伺ってきましたが、鈴木さんは今、どんな人にエン・ジャパンに来てほしいと思っていますか?
鈴木:「言われたことをやります」という人よりは、先輩に対しても「過去はそうだったかもしれないけれど、今はこういう世界観でやったほうがいい。なぜなら……」というような話ができる人がいいですね。私自身、29歳で営業部長として取締役になりました。手取り足取り誰かが教えてくれたわけではなく、とてつもない目標を与えられることで成長してきたわけです。
池田:29歳で取締役就任とは、大企業では異例の速さだと感じます。
鈴木:だからこそ、年齢を経て積み上げて何かを成し遂げたいという人より、いきなり何かを成し遂げたいという人たちが来てほしいと私は思っています。育つかどうかは結果ですが、まずは本人がやりたいと思っているかが重要だと思います。
例えば、2016年にリリースされ、日本でも話題になっている「TikTok」(ショートムービーアプリ)というサービスがありますよね。これは一例ですが、私たち世代からすると、なぜそれがはやるのか理解できないものって定期的に生まれるんですよ。でも、そういう世界を理解している若者に来てほしいし、私のようなおじさんがやれるのは、彼らが思い切りやれる環境を用意することくらいだと思っています。
池田:ワンキャリアには、意欲的な若者も多く登録してくれています。最後に、就活生を始めとする若い人へのアドバイスをお願いします。
鈴木:大切なのは高い目標を掲げることです。「心を強める」と私たちは表現していますが、若い頃からそれを意識することで、いつしか壮大なプレッシャーにも負けない心が育つと思います。
これから社会へ踏み出す人たちが、仕事についてどう捉えるかに日本の将来はかかっていると思います。幸か不幸か、最近は、本当の意味でのやりがいや、世の中に貢献するという点が語られず、労働時間などに目が行きがちです。
過去の悪習を引き継げとは思わないですが、仕事には自分の人生を変えたり、周囲や社会を変えたりする力があります。時には寝食を忘れて、本気で没頭してアドレナリンが出るような体験や経験が、仕事から得られるということも知ってほしいです。今、世間で言われていることだけに惑わされないでください。
エン・ジャパンは皆さんが思い切りチャレンジでき、仕事に夢中になれるような会社だという自負があります。お話ししてきた海外事業もHRテックも、「入社後活躍」の浸透もまだまだこれから。若い皆さんとともに作り上げていきたいのです。ぜひ、一緒に世界を変えていきましょう。
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【ライター:yalesna/撮影:保田敬介】