昨今、AI(人工知能)やビッグデータ解析の重要性が高まる中、IT人材やAI人材の不足が叫ばれており、そうした業務に適応力がある「理系学生」の需要は高まっています。
例えば、データサイエンティスト職などは、海外に目を向けると新卒でも年収1000万円を出す企業は少なくありません。
では、その一方で技術力の高い理系学生は、どんな企業に行きたいと考えているのでしょうか。今回、ワンキャリア編集部では東京大学の大学院に通い、AIや機械学習といった最先端の研究に取り組む3人の学生(Aさん、Bさん、Cさん)を招き、キャリア相談会を実施しました。
相談に乗るのは、ワンキャリアで連載もしているクライス&カンパニーの転職コンサルタント、山本航さん。最近、理系院生の間では、ファーストキャリアにコンサルタントを選ぶケースが増えていますが、どうやら、3人ともコンサル業界を志望している模様。
さて、理系学生特有のキャリアの悩みに対して、山本さんはどのように答えていくのでしょうか。
山本 航(やまもと わたる):クライス&カンパニー 転職コンサルタント。大学院を卒業後、野村総合研究所にて民間企業、及び、官公庁向けの戦略コンサルティング・業務コンサルティングに従事。その後、コンサルティング部門専任の新卒・中途採用担当として、インターンシップや各種プロモーションの企画から実行、多数の書類選考から面接官まで幅広く担当。2018年からはキャリアコンサルタントの道に進むべくクライス&カンパニーへ入社。主にコンサルタントを志望する候補者やポストコンサル志望者を支援している。
技術力はあっても「エンジニア」のキャリアを選びたくない理由とは?
山本:今日は何でも気軽に聞いてください。早速ですが、自己紹介も兼ねて、興味を持つ業界や、その理由を簡単に教えていただけますか?
A:私が興味を持っているのは、IT系のコンサルファームです。野村総合研究所、アクセンチュア、BIG4(※)に関心があります。志望のきっかけは、研究室で行っている、企業との共同研究を通して、ITが企業に浸透していない事実を体感したからです。もし、企業や市場への浸透を狙うなら、メーカーよりもIT系のコンサルファームが良いと考えました。
(※)……デロイト トーマツ コンサルティング/PwCコンサルティング・PwCアドバイザリー/KPMGコンサルティング/EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング
B:僕もAさんに似ています。興味がある業界は、「ITコンサル」「シンクタンク」「省庁」の3つですね。テクノロジーを使った仕事に取り組めたらと思います。過去にエンジニアとして長期インターンをしていた経験もありますが、仕事でプログラミングをやることに楽しさを感じられなかったため、キャリアの候補から外しました。
C:戦略コンサルタントですね。私もBさんと同じく、エンジニアとしてインターンをしていましたが、ビジネスのことを知る中で、もっと大きな規模の仕事がしたいと思うようになりました。研究室で尊敬している先輩が、戦略コンサルだったという点も大きな理由でした。
山本:皆さん、自身の研究やインターンなどで「モノづくり」という経験があると思いますが、エンジニアという選択肢は考えなかったのでしょうか?
B:モノを作っただけでは、その後が尻すぼみになって終わってしまうのではと考えました。 自身が新しいものを生み出すより、既存の技術を組み合わせて何ができるかを考えることが好きというのもあります。IT領域以外も含めて、AIで何か価値を生み出したいと考えたとき、自身が貢献できると思ったのがエンジニアではなく、コンサルタントだったんです。
A:確かにITコンサルなら、AIや機械学習といったこれまで扱ってきた研究知識や自身の関心を強く生かせると思いました。それこそ、ベンチャーだとその企業のみのプラットフォームだけの開発になりそうだし。その点、コンサルなら顧客の要望に合わせて、いろいろな取り組みができるのかな、って思いまして。
山本:もしかしたら、「AIを仕事として扱えるコンサルタント=ITコンサルタント」という認識があるかもしれません。コンサルタント企業で、ITに関する仕事ができるといっても、ITコンサル以外に「SIer」「データサイエンティスト」「エンジニア」など、実は他にも多くあります。
特にITコンサルの場合は、自分がやりたいと思った開発や取り組みができるかどうかは、プロジェクトへ実際に参加してみないと分からないことも多いです。受託ビジネスである以上、仕事の内容も含めてお客さん次第。お客さんが求めていることに対して、その回答や装備を実装するのが仕事の中心になることもあります。
「ITコンサルにはミスマッチも多い」という現実
A:ありがとうございます。私はデータ分析に興味があるため、そうした業務に携われるといいのですが、大きな会社だと、どこに配属されるかは入社してからじゃないと分からないですよね?
山本:コンサルの話で言えば、データ分析を取り扱っていないファームなんて、今の時代はないかもしれないですね。だからこそ、自分が行きたい職種を狙いに行けるかだと思います。
職種指定の採用が増えている中、例えば、入社後に配属が振り分けられるような企業はリスクになりえます。SE(システムエンジニア)になるのか、ITコンサルになるのか、場合によってはデータ分析といったアナリティクス系になるのか分からないためです。
総合商社の配属リスクみたいな感じでしょうか。もし、これをリスクとして捉えるのであれば、職種指定ができないファームを視野に入れるのはやめた方が良いかもしれません。
B:中にはITコンサルと呼ばれていても、コンサルっぽくない仕事をしている人もいるような気がします。
山本:確かに世の中には、システム開発のプロジェクトマネジメントを引き受けるファームが多数存在します。この仕事を任されたコンサルタントからすると「戦略や企画の仕事がやりたかったな」「プロジェクトマネジャーとして、管理やモニタリングをしているだけではつまらない」「いつもお客さんからの納期対応や仕様変更対応に追われる……」と感じることもあるようで、転職希望者は結構多い印象ですね。
B:えっ、それってどういうことですか。コンサルって創造的な仕事を扱うものでは?
山本:そしたら、この仕事について少し詳しく説明しましょう。これはシステムPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)と呼ばれている仕事で、コンサルタントが現場監督みたいな立場として、システムの開発が円滑に進むよう業務マネジメントをします。ここでリーダーとして、業務を回す人がプロジェクトマネジャー(PM)。建設や工場などにおける、現場監督的な仕事と考えてもらえば問題ないです。
建設現場と同じように、システム開発の現場もさまざまなベンダーさんと調整しながら人員、予算、スケジュールなど、仕事が納期通りに進むよう統括、管理する人が必要です。企業や事業によっては、大規模かつ煩雑になるため、それをマネジメントできるコンサルタントに声がかかるというわけです。
特に総合系ファームはシステムPMOプロジェクトを依頼されやすいですし、契約金額もそこそこ高めなのでファーム側もごそっと請け負う。だからこそ、ベテランよりも経験が浅い若手コンサルを育成の意味合いも兼ねて参加させ、どんどん案件を回していこう、という発想になる場合が多いです。
B:なるほど。それは知りませんでした……。
山本:今はシステムPMOを事例に挙げましたが、データ分析のプロジェクト、仕事内容でも同じことが言えるかと思います。ビッグデータ等から新しい可能性や提案の糸口を見つけるのか、それとも統計解析のソフトを使って、ひたすらクライアントから求められた指示に基づいて分析するだけなのかだと、仕事のやりがいも大きく異なるはずです。
とはいえ、ITコンサルの中にも、もちろんIT戦略プロジェクトだったり、デジタル推進のプロジェクトだったりと、創造性のあるプロジェクトが多数あるのも事実です。
だからこそ、ITコンサルという職種名だけではなく、仕事の内容も具体的に知ることが大切だと思います。実際にそこで働く現場の人の声も参考として聞きながら、「自分が本当にやりたい仕事なのか?」について精度が高まるように理解するといいのではないでしょうか。
C:ちなみに、ITコンサルで思うようなプロジェクトに巡り合えなかった人は、どのような方向へ転職するんですか?
山本:これは人によりけりなのですが、事業会社のIT企画室でビジネス作りをするような路線に舵(かじ)を切る人もいれば、SIerに行く人もいます。事業会社の情報システム部門でシステムの保守運用に携わる人もいますね。もちろん、コンサルのさらに上流部門へ行く人も多いです。どこが人気というよりかは、その人が何をしたいかで選ぶケースがほとんどです。
AI市場は成長せず、むしろ衰退していく?
C:私は「今後のAI市場は衰退していくのではないか」と考えています。この仮説があるからこそ、ビジネス領域にも視野を広げました。
山本:だから、ITコンサルではなく、戦略コンサルの方に就活の軸を振ったのですね。
C:そうです。AIは確かに判断の精度を上げたり、ビッグデータを扱ったりすることに長けていますが、将来的には2〜3社あれば十分じゃないのかなと思うんです。研究者も多いですし。
そもそも、なぜ「人手不足」と言われているかがよく分かりません。どの企業もAI、機械学習という流行に流されている印象です。
山本:Cさんがその印象を抱くのはとても分かります。正直、AIはまだビジネスとしてスケールする段階にはないとも思っています。
世の中のビジネスは、パッケージング(量産化対応)して初めてスケールします。ですが、AI開発はその企業に合わせたカスタマイズが必要なので、パッケージング自体が困難な状況にあります。まだまだ労働集約型のビジネスモデルなんです。
それこそ、これからのコンサルはデジタルトランスフォーメーション(DX)を視野に入れた提案や支援が当たり前になってくるでしょう。事業検討にしても、買収案件にしてもDX要素は必須と言っても過言ではありません。むしろ、当たり前になりすぎて、DXという言葉がなくなる日が来ると思います。
今、各戦略コンサルファームが、デジタルまで裾野を広げて事業をしているのはこういうところに理由があります。実際、非ITの戦略案件の割合は減ってきていると思います。それだけ今のコンサルは、デジタル抜きでは戦略を語れなくなってきているんです。
君は「ITコンサルタント」として、どんな仕事を成し遂げたいのか?
B:ここまでの話を聞いていると、ITコンサルと一言で言っても、良い意味でも悪い意味でも多様な可能性があるんですね。さまざまな企業にシステムを提供するという観点から、ITコンサルがベストなのかなって思ってたんだけど……。
山本:そういえば、ディープラーニングの先端を走るITベンチャーとかは候補に挙がらなかったのですか?
B:外しました。ベンチャーだと自社システムの開発だけしかできないだろうという印象があって。それよりは、いろいろな企業にサービスを提供できるコンサルの方が自分の描く姿に近いかなと。
山本:最近だと、AIソリューションや技術提供を、製造業から小売業界まで広く提供しているベンチャーもありますよね。
C:確かにそういう企業もある一方で、個人的には、特にエンジニアという職種だと、顕著に能力差が出ると思っていて。プログラミングが純粋に好きで、いつもPCを持ち歩いてコードを書いている人にはかなわないです。
だからこそ、仮にエンジニアとして働けたとしても、自分が同レベルの成果を出せるかは疑問です。そもそも、プログラミングという仕事だけにそこまで割ける時間は取れないと思うし……。
山本:もしかしたら、ITコンサルに期待を寄せすぎている節があるかもしれないと感じました。コンサルがいろいろなシステムを作れるといっても、一体何のシステムを作っているのかをもっと理解した方が仕事をイメージできると思います。システムと一言でくくっても、Web、アプリ、フロントエンド、基幹システム、インフラなのかで大きく変わります。
その言葉を分かっていたとしても、実際どうかというのもまた変わってきます。今日出てきた言葉をはじめ、どのような内容を扱うかを理解しないまま「ITコンサルが良い」とそこに向けて走っていくのはかなり危険だと思います。もしITコンサルになりたいなら、「自分はどのような仕事に関わりたいのか」を具体的にして理解していくことが重要になるでしょう。
「もっと、働く大人に会ってほしい」──キャリアコンサルタント山本のアドバイス
学生たちとの対話を終えた山本さんに感想を聞いたところ、「もっと、働く大人に会ってほしい」という回答が返ってきました。
山本:それぞれが就活について考えている中で、エンジニアやコンサルタントといった、実際に働く大人に会えたのかなという疑問が残りました。恐らく、研究室やインターン先など身近な大人には接していると思うのですが、そこから一歩踏み込んで、興味のある領域で働く大人と接触を持っているのかというと、もっと刺激や考え方を吸収した方がいいかもしれません。
この刺激は自分から取りに行かないといけないと思います。例えば、Cさんの話には「先輩が……」という言葉がところどころ出てきました。恐らく彼女は、積極的に周囲の大人たちと関わりながら、さまざまなキャリア観に触れて仮説、検証を繰り返しながら、自身の仕事像やキャリアパスを模索していたのだと思います。
「AさんやBさんは大人にあまり会っていないのではないか」──なぜ、山本さんは彼らにそのような印象を抱いたのでしょうか。
山本:会話中に出てくる、実体験や仮説が少ない印象を受けたからです。あくまでも、僕の感覚ではありますが、対話で出てくる情報や言葉が「ネットで調べて得られる範囲の内容」という印象でした。AさんやBさんは、もしかしたら自身が思うほど、能動的に情報を取りに行けてないのかもしれません。それは職種や企業理解にも表れていたと思います。
だからこそ、「自分のフィールドを飛び出して、気になる人がいたら自分から会いに行こう」とお伝えしたいです。そうしないと無難な人生やキャリアになってしまいますし、せっかくの社会人生活も無難な人として埋もれてしまうかもしれません。
しかし、実際にはAさんやBさんのように、情報を能動的に取りに行けていない学生は少なくありません。自分が会ってみたい、会いたいと思えるような大人が、社会にどれだけいるのか──。山本さんに聞いてみると、力強い答えが返ってきました。
山本:僕は仕事って「個人の人生観」だと捉えているんです。仕事の選び方やそこに至るまでの選択には、その人の人生が投影されると思います。誰に会いたいか、何を見たいかも含めて、その選択こそが人生だと強く伝えたいです。
しかし、自身の軸がないまま人に触れては、何でも楽しそうに映ってしまう。その状態で企業説明を聞いてしまうと、仕事に対する幻影を抱いてしまうんです。だからこそ、人と会って情報を手にいれる一方で、自分と向き合うことが必要です。
それこそ、インターンにしてもOB訪問にしても、オーソドックスなキャリアじゃない人にもぜひ会ってみてほしいですね。「エンジニアでなければ、ITコンサルタント」というルートに乗る前に、ぜひ、自身を取り囲む「当たり前」やその環境を振り返ってほしいと思います。その結果、自分はコンサルタントなのだと胸を張って言えるのならそれでOKでしょう。
理系学生の就活は、もっと自由でいいはずだ
この記事を書いている私も、8年前は物理学科の学生でした。就活の岐路に立った時、最初の選択肢として浮かび上がったのは「エンジニア」。今回登場した学生の方々と同じような状況です。
理由は研究室の先輩も同級生も、「えっ、理系学生の就職先って『エンジニア』じゃないの?」と話していたから。それが肌に合わない人は、メーカーの技術職や研究職を志望する。正直、卒研をしたラボや専門によって、将来のレールが既に決まっている印象でした。
「先生が、自動車メーカーの推薦を持っているから」
「研究室の先輩が働いてるIT企業に内定をもらえそう」
何年も取り組んできた学問の延長線上のことをしたいのは分かる。だけど、当時の私は、この価値観に納得できませんでした。なぜ、「理系=エンジニア、メーカーの専門職」って決められているのだろう。
それって、私たちが主体的に選択しているのか。何か見えないものに、自分の意思とは関係なくレールが引かれているのではないかという錯覚に陥りました。
「少なくとも私は、ファーストキャリアにエンジニアは選ばない」
この話を同級生の男の子にした時、「おまえ、理系のくせにズレてるよな。なんで大学で学んだことを生かせるような仕事に就かないの? 意味分からんわ」と言われたことは今でも覚えてます。
結果として、私は学部では就職せず、大学院へ進学しました。その後、何だかんだで医薬品のメーカーに新卒就職し、現在はバイオベンチャーで広報として活動しながら、フリーランスのライターとしても仕事をしています。
ファーストキャリアに何を選ぶか。自分が納得感を持って、明確な意思を持って選ぶのならエンジニアでもメーカーの専門職でも何でもいい。だけど、何か見えないものに引っ張られていつの間にかレールに乗せられているのなら、「その常識を疑う勇気を持っても良いのでは?」と8年たった今でも同じことを感じます。
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※こちらは2019年10月に公開された記事の再掲です。