就活においても「SDGs」という言葉が出てくるようになった今、自分が志望する企業は地球環境問題に取り組んでいるのか、調べたことがある方もいるでしょう。
連載「日本の経済・産業の重点ポイントから紐解く注目業界」、第2回で取り上げるテーマは「脱炭素社会」です。
日本政府は2020年10月、当時の菅(すが)総理大臣が「2050年のカーボンニュートラル(CN)、脱炭素社会の実現」を宣言。2030年度には、温室効果ガスの排出量を2013年度比で46%削減させるという目標を立てました。
最近では、脱炭素を掲げたCMを放映する自動車メーカーなどもありますが、脱炭素社会への移行を牽引(けんいん)するのは、エネルギーを生み出す資源・発電関連の企業や、エネルギーを利用して事業を行う製造業・サービス業だけにとどまりません。省エネルギー化や革新的な脱炭素技術を開発する企業には、投資家や金融機関も注目しています。
今回の記事では、経済産業省の脱炭素社会実現に向けた政策・制度設計の担当者に、就活生も注目すべき「脱炭素ビジネス」の可能性と面白さを聞いていきます。
<目次>
●もはや社会貢献活動ではない。気候変動対応が企業の成長やリスクを左右する
●新技術や事業にお金が集まらないと意味がない 投資家の巻き込みも重要
●アンモニア製造に、CO2の「回収」──脱炭素で注目を集める新技術たち
●スタートアップも続々。若い世代の感性が脱炭素の潮流をより一層強くする
吉倉 宏明(よしくら ひろあき)(左):経済産業省 産業技術環境局環境経済室(総括係長)
2018年入省。資源エネルギー庁電力・ガス事業部にて、電気事業法の改正を担当、2020年6月から現職にてカーボンプライシングやカーボンフットプリントを担当。
太田 優人(おおた ゆうと)(右):経済産業省 産業技術環境局環境政策課(総括係長)
2019年入省。経済産業政策局にて、オープンイノベーション税制創設や産業競争力強化法改正を担当。2021年6月から現職にてクリーンエネルギー戦略策定や脱炭素関連スタートアップ支援事業創設などを担当。
もはや「社会貢献活動」ではない。気候変動対応が企業の成長やリスクを左右する
──脱炭素ビジネスの話をする前に、改めて「脱炭素」について教えてください。就活生が脱炭素について知っておくべきことは何なのでしょう。
吉倉:新しいビジネスやサービスが生まれるということはもちろん、「とにかく大きなお金が動く」ということは知っておいた方がいいですね。脱炭素を目指すには、生活を便利にするための経済活動と環境対応を両立させることが重要なのですが、技術開発を進めるにも、新しい製品やサービスを生み出すにも、結局莫大(ばくだい)なお金が必要になる。これが大きなポイントだと思います。
──どういうことでしょうか?
吉倉:気候変動問題を解決するためには、2050年までに世界で累計160兆ドル(約1.67京円)の資金が必要という試算があります。今、世界中で、環境を含むESG分野(環境・社会・ガバナンス。持続可能な社会の実現に重要とされる分野)への投資額が年々増えており、2020年までに世界全体で35.3兆ドル(約3,900兆円)に達していますが、まだまだ足りない状況です。
大きな投資を受ける領域や企業は、それだけ伸びが期待されている証と言っていいわけで、優良な企業と考えることができます。
また、気候変動対策を行うための資金をどう確保していくのかという点で、企業もこれまでとは違った動きが求められるでしょう。そこで、金融機関や投資家の協力を得るため、脱炭素への投資を促す金融「サステナブルファイナンス(※)」が重要な役割を果たすのです。
(※)……環境・社会課題解決の促進を金融面から誘導する手法や活動
──サステナブルファイナンス? なにやら難しそうな単語が出てきましたね。
吉倉:簡単にいえば、投資家にアピールするためにも、企業はどれだけ環境問題にしっかり取り組んでいるかを発信しないといけなくなっている、ということです。最近では、国際的に普及が進む企業の自主的な情報開示の枠組み、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)に注目が集まっています。
この枠組みに賛同する企業は、気候変動に関連する自社の事業や技術がどのように企業の成長に寄与するのか、あるいは、気候変動の影響が事業にどのようなリスクをもたらすのかを公表しています。
──日本の企業も情報開示を行っているんですか?
吉倉:TCFDに賛同する機関は世界中で約3,200社。日本では、世界で最も多い約820社がこの考えに賛同しています。Webで検索すれば、情報を開示している企業はすぐに見つかるでしょう。例えばキリンホールディングスや三菱商事などが良い例です。
投資家や金融機関にとって、TCFDは投資先として、今後成長する企業を見極めるための重要な情報源の1つです。東京証券取引所における最上位の市場区分である「東証プライム」に属する上場企業は、TCFD開示への対応が必須です。
──気候変動に取り組んでいない企業は、投資家からお金を集められなくなるということですか。
吉倉:そうですね。これまで、気候変動への対応は企業にとってCSR(社会貢献)活動として捉えられていましたが、今や、気候変動対応が企業の成長やリスクを左右する経営課題として捉えられる時代になりました。就活生の皆さんは、この観点で自分が志望する企業を見てみても良いのではないでしょうか。
新技術や事業にお金が集まらないと意味がない 投資家の巻き込みも重要
──経済産業省として、脱炭素の分野で注目している企業はありますか?
吉倉:経済産業省では、2050年のカーボンニュートラル実現と社会変革を見据え、GX(グリーントランスフォーメーション)への挑戦を行う企業群が、国や大学と協働する場である「GXリーグ」を2023年度から始めるための検討を始めています。
GXリーグでは、自主的な排出量取引に加えて、企業のビジネス創造の支援や、新ビジネスを生み出すための国際標準策定に向けた、官民での協力体制構築など、日本企業の先駆的な取り組みを促し、世界全体の気候変動問題へ貢献しようと考えています。
2022年2月に、GXリーグの今後の進め方について「GXリーグ基本構想」を公表したところ、440社の賛同をいただきました。これらの企業のCO2排出量を合わせると約3億2,000万トンで、日本全体の排出量の約3割を占めます。それだけ規模や影響力の大きな枠組みになる可能性があるということです。
──こうした企業への投資を促すことも大事なのですね。
吉倉:先ほどもお話ししたように、気候変動対策には、情報開示と併せて資金が供給されることが重要です。経済産業省としては、事業会社向けに情報開示の方法を解説したガイダンスや、投資家に開示情報の評価の方法を解説するためのガイダンスを作成してきました。
このほかに、投資家向けに分野ごとの技術ロードマップも作成しています。排出削減が困難な分野を対象に、脱炭素化に向けた移行技術や取り組みを示しています。鉄鋼や化学、エネルギーなど7分野を対象に策定しました。併せて、モデルとなる事例の創出も支援し、2021年度は12件をモデル事例として選定、合計3,000億円規模の資金調達につながりました。
──脱炭素領域への投資が進むことで、実際に新しい技術開発や社会実装は進んできているのですか。
太田:脱炭素化は、今やあらゆる産業分野においてビジネスの成否を分ける条件の一つとなっており、そのために必要な技術の開発や実装が急ピッチで進められています。
例えば、自動車産業や航空機産業。以前から「いつかはやってくる」と思われていた脱炭素化の波が、この数年で喫緊かつ不可避の課題となっており、切り札とされる電化・水素・カーボンリサイクルなどに関する技術開発・実装に向けて、世界中の企業や国家による激しい競争が展開されています。
アンモニア製造に、CO2の「回収」──脱炭素で注目を集める新技術たち
──最近、特に注目を集めている技術分野はありますか?
太田:日々報道されている通り、脱炭素に貢献し得る技術分野は多岐にわたりますが、それらをエネルギー・マテリアル・CO2の流れを基に整理すると以下の図のようになります。こうした俯瞰(ふかん)的視点から、技術間の競争関係・補完関係を踏まえた上で、各時点における重要分野の検討を進めているところです。
経済産業省「クリーンエネルギー戦略 中間整理」より抜粋
注目している分野の一例としては、アンモニアが挙げられます。アンモニアは「有害」「くさい」といったイメージがあるかもしれませんが、実は、大気中にCO2を排出しない形で製造でき、かつエネルギー源として燃焼してもCO2を排出しません。脱炭素社会実現のためのカギとなり得る燃料として注目されています。
アンモニアの製造においては、およそ100年前に開発された方法が今でも主流ですが、よりフレキシブルかつCO2を排出しない革新的な製造方法が、東京工業大学発のスタートアップ「つばめBHB」と大企業との連携によって生まれようとしています。
▼つばめBHBについて、詳しく知りたい方はこちらの動画をご覧ください
──100年ぶりに製造方法が変わるというのも、面白いですね。これまで製造方法が変化しなかったというのが不思議です。
太田:そうですね。脱炭素という切り口によって、今まで光が当たらなかった技術が注目され、大きな社会的インパクトをもたらすイノベーションが生まれ得るのです。また、従来のような「CO2を排出しない」という発想だけでなく、「CO2を減らす」というネガティブエミッション技術も、大きな注目を集めています。
例えば、DAC(Direct Air Capture)といって、空気中から直接CO2を回収する技術を開発する企業が増えています。火力発電所などで発生したものを集める形とは違って、CO2濃度の低い大気中から分離することはコストの観点からも難しい技術が求められますが、欧米では既にスタートアップを中心として実用化が進み、大規模な投資も行われています。
スタートアップも続々。若い世代の感性が脱炭素の潮流をより一層強くする
──スタートアップがリードする取り組みも活発になっているのでしょうか。
太田:ソフトウエア分野のスタートアップだけでなく、これまでは大企業が実施していたようなハードウエア分野のスタートアップにも投資が集まり始めています。分野によってはスタートアップが第一線を率いているものも増えています。
日本でも、こうしたスタートアップを後押しするために新たな補助事業を創設しました。この事業では、民間企業主導のピッチコンテストとも連携し、起業前の研究者などの幅広い層を巻き込んだり、事業会社などから初期需要を得たスタートアップには、補助額を2倍とする新たな仕組みを取り入れています。
経済産業省「第6回 クリーンエネルギー戦略検討合同会合」事務局資料より抜粋
脱炭素を切り口に、思いもよらない分野で、今までになかったアイデア・人・企業の組み合わせで、新たな価値が生み出されていく。事業者にとっても投資家にとっても、脱炭素は面白い分野だと思います。
──2030年、2050年といった長いタイムスパンでの取り組みが求められる脱炭素の分野では、新たなアイデアを生み出す若い世代の役割が期待されそうですね。
太田:そうですね。環境意識の高まりを背景に、特にZ世代を中心に消費動向、お金の使い方が大きく変わっています。また、技術開発の面でも、画期的なアイデアを形にして、世界最先端を走る若手世代の起業家も増えてきています。こうした若い世代の感性・アイデアが、脱炭素に向けた世界では一層重要になるでしょう。
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