大学3年、嫌々ながら「就活」のビッグウェーブに乗った私。しかし、なんとか内定目前までこぎつけた面接で「 女性が働きやすい会社です 」とオールスター男性役員陣に言われてムカついて内定を蹴ったり、面接で繰り広げられる茶番劇にムカついて 品川駅ホームでマカロンをバカ食い したり、某サイトの「就活人気ランキング」記事にムカついてなぜか スナックでバイトをはじめてみたり ……。
思えばあっちにもこっちにもムカついて、もはや触るもの皆傷つけてオイラに触ると火傷(やけど) するぜ状態だった私の就活終盤。しかしそんな私の就活もあっけなく終わりを迎えた。
<連載:キラキラOLなりそこない どっこい就活記>
茶番と化した面接にムカついて駅のホームでマカロンを食べまくり、就活人気ランキングに腹を立てスナックに足を踏み入れたあの頃。なんども壁にぶつかり悪戦苦闘した就活時代を、社会人になった今、ぽつりぽつりと振り返る。
行く先々でムカつき散らかしていた私はついに面接で「就活業界のやり口ほんとムカついてんすよ」「リ◯ ナビもマ◯ ナビも退会してやりました」「合説はクソ」などと就活産業への怒りを好き勝手喋(しゃべ) りまくった。スナックでの修行で「面接官も同じ人間だ」という学びを得た結果「同じ人間だからふつーに愚痴を言う」という珍プレーに至ったのである。我ながらどうかしている。
私は、私よりどうかしている面接官に「おまえ、おもしれー女だな」という謎の認められ方をされ、内定通知をもらった。あっけない終わり方だった。
後から聞いた話だが、私が採用された会社はわれわれの代から採用責任者が変わり、明らかに上の代とはタイプの異なる人間が集められていたようだった。当時の同期たちはすでにかなりの人数が転職や起業で会社を去ったが、いまだに仲の良い者は多い。そして皆どこか異彩を放つ愉快な人間たちである。
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そんな異能集団にいわゆる「ポテンシャル採用」で加えられてしまった私は「無内定の新卒ニート」の危機を脱した安心感に浸るのも束の間、新たな不安に襲われた。
「内定者、みんな優秀そうに見える問題」である。
内定式の前後には「内定者懇親会」なる飲み会が開かれることが多い。要は「内定者同士を仲良くさせて結束を作っておくことで内定辞退を防ぐ企業の戦略」なのだが、そこは就活市場に次ぐ新たな「戦さ場(いくさば)」であった。
なんたって懇親会で出会う同期(予定)が全員、明らかに自分より優秀(そう)なのだ。
そもそも私は、同級生のほとんどが公務員か教員か銀行員になるような地方都市の某地味国立大生だ。同じ大学出身の内定者はもちろんいない。なんなら会社に同大出身の先輩もいない。
そんな中、早稲田慶應は当たり前、東大京大も普通にいる、学生起業していたけど会社を売ってこっちに来ましたという者、学生時代は海外で過ごしたという者、内定者バイトですでに一定の成果を出している者、芸能界に片足を突っ込んでいる者などの「すでに何かを持っている(かのような)オーラ」に、開始30分で心が折れかけた。みんなはさながら 幻影旅団 のメンバーで、私はハンター試験の初期に死ぬモブキャラのように思えた。(幻影旅団がわからない人はググるかハンターハンターを読むかしてみてください)
旅団のメンバーたちは各々が「自分がこれまでやってきたこと」や「入社したら入りたい部署とやりたいこと」「仲の良い社員の話」などを口々に話している。一体なんなんだこいつらは……
一方私は、まだやりたい仕事も向いている仕事も、社員の名前も、右も左も西も東も分からなかった。その上、東京の大学生コミュニティにも知り合いはいなかったし、このままでは孤立待ったなしである。会社のイベントスペースの片隅で、私は紙コップに注がれたビールを持つ手を震わせていた。とんでもないところへ来てしまった。
しかし、私は曲がりなりにも「おもしれー女」として採用されている。ここで何か「おもしれー女」っぽい爪痕を残さなければきっと並み居る内定者たちに埋もれてしまい、謎部署の謎職種に配属されて地味な会社員人生を送ることになるのではないか。そんな不安が頭をよぎる。なんとしても「おもしれー女」としての期待に応えなければ……。
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追い詰められた私が即席で編み出したのは「誰でも乗り物にたとえる」という謎の芸だった。会って間もない人間たちを「あなたはヤンキーが乗るワゴン車」「あなたはセグウェイ」「あなたはメリーゴーラウンド」と端から適当に当てはめていったのだ。
運よく「俺も私もたとえて〜」と言う同期たちの人だかりができて一応の賑(にぎ)わいを見せたが、その芸はその日限りのものとなった。理由はシンプルで、私が車に全く詳しくなく、すぐにネタ切れしたためである。生まれてこのかた車に興味を持ったことなど一度もない。
今なら「会社はNSCじゃねえんだよ」と、あのときの自分を一発殴って目を覚まさせて家に帰したいところであるが、あの日はとにかく必死だったのだ。自分が「何も持ってないやつ」だと思われるのが怖かった。何か武器を出さなければ、何でもいいから目立って爪痕を残さなければ今後の社会人人生に暗雲が立ちこめると本気で思っていた。そんなふうに無理をする必要なんてないと分かったのは、入社後しばらくしてからだった。
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そもそも「内定者」というのは最も調子に乗りやすい肩書なのではないかと今になって思う。具体的な仕事も、責任も、しがらみも何もない。あるのは「◯◯社の社員(になる予定)」という気楽な名札だけである。
だから一点の曇りもない眼で夢や目標を語れ、内定を得た自信から「己がいかに優れた人間か」を雄弁に語り、覚えたばかりのビジネス用語を恥ずかしげもなく使い、「弊社」「弊社」と内定先について連呼できるのである。今思い出すと共感性羞恥で死にたくなる。
もちろんピカピカの1年生は尊い存在であるし、若者が目標を語ったり自意識過剰になったりするのを馬鹿にしたいとは思わない。誰もが通る道だ。
けれども、内定者懇親会で繰り広げられる虚勢の張り合いなどはメッキが塗られた木刀によるチャンバラみたいなものだ。「あいつは絶対出世する」などと言われていた者が出世どころか出社拒否になるようなこともあれば、社員と仲が良いことをアピールしていたやつがしれっと内定辞退して内定式には姿もなかったり、数年後に一番偉くなっているやつは、そもそも懇親会にも研修にも来ていないやつだったりするのである。
まだ仕事を与えられていないうちからマウントを取り合っても、茶番でしかない。幻影旅団に見えていた同期たちも謎の一発芸で笑いを取ろうとした私も、同じように不安で、同じように無理して虚勢を張り合う調子に乗った内定者にすぎなかった。
もし10月1日の内定式やその後の懇親会で自信をなくしたり、内定者同士の実力の探り合いや配属先への不安などを抱えたりしている人がいたら、あまり気に病まないでほしい。
社会人人生は長い。まっすぐ伸びた一本の道を走るレースではない。みんなこれからそれぞれの道でいろんな失敗をして、軌道修正して、ちょっと褒められたりもして、少しずつ得意技を見つけていく。
かくいう私もまだまだ得意技を探して修行している途中だ。いつか本物の幻影旅団になれたらいいな、とやっぱり心のどこかの曇りなき部分で思いながら明日も働く。そしてたまに休む。俺たちの戦いはこれからなのである。
▼「どっこい就活記」バックナンバーはこちら
・はじめてのリクスーパンプスが辛すぎて、気付いたら大戸屋にいた話
・「女性が働きやすい会社です」と役員全員男性の面接で言われた話
・「面接で私の何が分かるんだよ」品川駅のホームでマカロン食い散らかした話
・本当にこの会社でいいの……?不安をごまかすため「内定先自慢」に走った愚かな私
・「就活人気ランキングを捨てよ、街へ出よう」と思ってスナックで働いた話
・他の内定者、みんな優秀そうに見える問題について
・OB・OG訪問では要注意?学生に話を盛ってしまう若手社員の「新卒ハイ」問題
(Photo:milatas/Shutterstock.com)
※こちらは2020年10月に公開された記事の再掲です