大学3年の3月、嫌々ながら「就活」のビッグウェーブに乗り、なんとか内定獲得の目前までこぎつけるも、役員全員が男性の面接で「女性が働きやすい会社です」と言われて腹が立ったためにホワイト大企業の内定を蹴ったり、面接で繰り広げられる茶番劇に嫌気がさして品川駅ホームでマカロンをバカ食いして腹を壊したり、なかなかの暴れん坊就活生ぶりを発揮していた私。
「バイブス(ノリ)が合わない=縁がなかった」と割り切る方向に切り替えてからは、気が合わない面接官がいれば選考を辞退し、面接会場で居合わせた「未来の同期」とバイブスが合わなければ面接を辞退するという「こちらからお祈りしていくスタイル」を確立し、いわゆる「持ち駒」は片手で十分足りるくらいまで減った。
「自分だって選ぶ側だ」という矜持(きょうじ)が私を強くさせてくれ、就活であまり不安に思うことはなくなった頃、入る会社が決まった。片手の中の一社に決めた理由は「なんか自由で楽しそう」だったから。私は会社の決算も業界地図も「これから伸びる業界」もよく分からなかったので、もう「なんか合いそう」という直感でしかなかった。採用の途中で出会った「未来の同期」も楽しい人が多くて、転職した今でも仲のいい友達として関係が続いている。
そんなわけで入る会社も決まったし、「どっこい就活記」はおしまい、めでたしめでたし……かと思いきや、私は新たな悩みに直面したのである。今回はそのお話。
<連載:キラキラOLなりそこない どっこい就活記>
周囲の女子学生たちが黒髪をポニーテールに結き、アイロンがかけられたスーツと黒いパンプスを身に纏(まと)っているのを横目に、「就活私服参戦」を決意したあの頃。敷かれたレールにうまく乗れず、悪戦苦闘した就活時代を振り返る。
「お前どこ業界受けてんの?」は就活生の間であいさつレベルで交わされる会話でありながら、内心かなり気を遣う話題である。みんな、サークルやゼミの友達の就活がどこまで進んでいるのか、自分はその中でどれくらいの位置にいるのか気になって仕方がない。周りの就活情報をうかがって、安心したり不安になったりする。そういう話をしない精神的に大人な友達もいたけれど、そうでない人間の方が多かった。私も後者の一人だった。
今思うと本当にバカで愚かだったと思うけれど、内定をもらって入る会社が決まり「就活を上(あ)がった」側になってから、私は入る会社の名前を触れ回り、周りの就活状況を聞いて回り、あろうことかまだ内定が出ていない人にアドバイスじみたことさえした。本当にクソみたいなアドバイスだった。最悪だ。過去に戻れるなら私のあのドヤ顔をぶん殴って小一時間説教したい。
この間まで就活に四苦八苦していたくせに、内定が出た途端なぜそんな愚かしいことをしていたのかというと、理由は1つしかない。とにかく「不安だったから」だ。
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学生時代はみんな同じ船に乗り、同じ方向に向かっている。テストでより高い点をとり、受験でより高い偏差値の学校に入るのが「是」なので、ルールは単純だ。テストでも受験でもランキングの上の方を狙うべきだと教えられ、そのために努力すべきだと言われる。
しかし、職選びに偏差値ランキングは存在しない(就職先人気ランキングのようなものはあるがあんなものは何の役にも立たない)。これまで教えられたルールは通用しない。ほとんどの学生は就活ではじめて一人で船に乗り、周りの人間と違う方向に向かって漕(こ)ぎ出すことになる。そしてその船の良し悪しも、進む方向すらも、誰も決めてはくれない。全部自分で決めるのだ。
だから「自分の乗る船は、進む先はこれでいいのか」と不安になって、人と比べ、マウントをとって安心しようとする。
私の場合も、就活を終わっても、不安がすっかり消え去ることはなかった。「本当にこの会社でいいのか」「もっといい選択肢があったんじゃないか」「自分はちゃんとやっていけるのか」「そもそも働くのが怖い」……。内定した会社に納得感はあったけれど、1つしか選べない就職先が本当にこれで良かったのか、私はこれで幸せになれるのか、不安で不安で仕方がなかった。
そんな不安を打ち消すために、周りに内定先を触れ回り、アドバイスという名のマウンティングをして回っていた。「すごいね」「さすがだね」という返答をもらって、不安を少しでも軽減したかった。「私の選択は間違っていない」というお墨付きを得るために周りの人を利用したのだ。今思えば本当に情けない行為だった。
もし周りにそういう人がいたら、そして自分がそういうことをしていたら、「(ムカつくかもしれないが)ああ不安なんだな」と理解してほしい。内定先マウンティングなんて本当に愚かで情けないけれど、その通り、人間は愚かで情けない生き物なのだ。
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これは今まさに私が感じていることだが、船の進む先はこれからもっともっと分岐していく。転職・結婚・離婚・子供をもつ・大学に入り直す・海外へ行く・起業する・実家に戻る・休職する……あの頃、私が焦って自分と比べていた人たちは、今はもうどこに向かっているのかすら分からないくらい進む道が変わって、ずいぶん遠くにいる。私だってあれから数年たったいま、休職と2回の転職を経験した。いまだに人と比べて落ち込む夜もあるけれど、人と単純に比較できないくらいに人生の選択肢は増え、しかもその道はどれもなかなか複雑だ。そう考えると、最初の就職先選びはその分岐の1つ目にすぎないと今なら思える。
とても尊敬するある人の言葉のなかで、かなり救われた一言がある。
「人は何かの選択をするとき、結局は自分一人で悩みきって『ここまで悩んだ末の結論なのだから間違っていたとしてもしょうがない』と思えるくらい悩んで決めて、一人で進むしかない。そういう道筋が自分だけのキャリアになっていく。そういうキャリアを歩んできた者同士だったら、全く違う選択をした友達ともまた分かり合える日が必ずやってくる」
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今、就職活動で友達と気まずくなったり、人と比べてつらくなったりしている人もきっとたくさんいると思う。
はじめての就職に向かって、みんなそれぞれの船で悩みながらオールを漕ぎ始める。それはとても孤独で不安だけれど、いつか再会したときに楽しい冒険譚(ぼうけんだん)を語れるように、精一杯悩んで決めた自分の航路を必死で漕いでいくしかないのだ。
人生は長い。本当にいろんなことが起こる。すごいと思っていた人が実はとんでもない悪事を働いていたり、都心でキャリアを重ねていた人が急に地元に帰ったり、そんな気配を少しも見せなかった友達が会社で偉くなっていたり、日本で平穏に暮らしたいと言っていた人がいきなり海外に行ってしまったり。
私もまだまだ航海の途中である。なんなら船乗りとしては超ヒヨッコだ。だから、不安の中で一漕ぎ目を漕ぎ出した人に心から拍手を送りたい。あなたも私もきっと大丈夫だ。
なんかいい話風に締めてしまったが、ところがどっこい就職するまでの間にまだまだ情けない思い出は山ほどある。この場で語って成仏させなければ気が済まないのだ。
次の話もお楽しみに。
▼「どっこい就活記」バックナンバーはこちら
・はじめてのリクスーパンプスが辛すぎて、気付いたら大戸屋にいた話
・「女性が働きやすい会社です」と役員全員男性の面接で言われた話
・「面接で私の何が分かるんだよ」品川駅のホームでマカロン食い散らかした話
・本当にこの会社でいいの……?不安をごまかすため「内定先自慢」に走った愚かな私
・「就活人気ランキングを捨てよ、街へ出よう」と思ってスナックで働いた話
・他の内定者、みんな優秀そうに見える問題について
・OB・OG訪問では要注意?学生に話を盛ってしまう若手社員の「新卒ハイ」問題
(Photo:metamorworks /Shutterstock.com)
※こちらは2020年7月に公開された記事の再掲です。