2009年。ここは大手広告代理店の内定者懇親会。夜景がキレイな一室で行われるパーティーには、ワカモノ言葉が飛び交っていた。
誰かが言った。
「電博の内定式は日本で一番、金持ちの22歳がそろう場所だ」と。
確かに、周りを見渡すと育ちの良さそうな美男美女が多い。
例えば、窓際に立っているあの美女。彼女はどこかの会社の役員の娘で有名私立大学のミスキャンパスらしい。ググれば、写真が出てくる。
あるいは、内定者の輪の中心にいる、あの彼。ただのスラっとしたイケメンじゃない。親は高明な医者。彼自身も元ジャニーズで、関西では知らない人はいない有名人だったそうだ。
この中で、北海道の国立大学を卒業した彼は、完全に浮いていた。
「…………」
ガシャーン! グラスが割れた音がした。
振り向くと、ラグビー部出身のゴリマッチョの同期がいた。
「ちょりーっす!」
ベロベロに酔っぱらった同期が、ワカモノ言葉を連発している。そして、今にも下着を脱ごうとしているではないか……!
大学院でじゃがいもの研究をしていた彼は、瞬時に悟った。
「入る会社を完全に間違った」
そこから激務、そして文化の違いに苦しむ日々が続くのだった。
終電? そんなものは存在しない
代理店の営業1年目は、本当に忙しい。一人当たりがこなすべき業務量も多く、打ち合わせやイベントで深夜まで働くことも多いからだ。
極め付きが、「クリエイティブ会議」といわれる会議。
CMや、キャンペーンのメインコンセプトを決め、アイデア出し(ブレスト)をするなど、「ザ・広告代理店」のイメージが強い重要な会議。
だが、営業はやることが少なく、ただひたすら、クリエイティブディレクターと言われる『偉い人の話』を聞いていることも多い。深夜から始まる会議に、1年目は、先輩の代わりに出席することが求められる。
クリエイティブ会議が終わったら、メールの返信。パンフレットの文字校正など、細かい作業が延々と続く。もちろん、来週のイベントの準備もする。クライアントからの急な依頼にも対応する。
終電? そんなものは存在しない。
電博は、広告代理店は、何のために存在しているのか
では、なぜ、そんな激務の中でも電博(電通・博報堂)は、人気企業であり続けているのか?
「ただのミーハー集団」とも揶揄される電博だが、今回はもっと本質的なことについて触れていきたい。
それは「電博は、何のために存在しているのか?」
広告代理店の存在価値について真面目に語りたい。
「広告の役割は、高速道路と同じ」
そもそも、広告とは一体なんだろうか。
結論からいうと、広告は「高速道路」に近い。その意味は、「社会を支えるインフラ」だということ。
「高速道路」の役割は経済全体の効率性を上げることにある。もしも高速道路がなければ、すべての人が一般道を使わなければならない。結果、日本中が渋滞に溢れ、経済活動は確実に停滞する。
「高速道路」の存在意義とは、目的に応じてユーザーに一般道と使い分けさせることで、経済全体の効率性をあげることになる。広告も同じ理屈だ。
もしも広告がこの世に存在しなければ、経済効率はグッと下がる
同様にこう考えてみるとわかりやすい。
「もしも広告がこの世に存在しなければ、経済はどう回るのか?」と。
あなたが、とあるメーカーの社長だとしよう。素晴らしい商品を開発したとしても、もしもこの世に広告がなければ、全て手売りしなければならない。営業マンが一件ずつお店を回って、商品を売っていく。北は北海道から、南は沖縄まで足で稼ぐ。企業は大量の営業マンを雇わなければならない。忙しい時期はそれでも良いが、閑散期は彼らをクビにせざるをえない。
一方、広告を使えれば、季節性がある商品は忙しい時期に合わせて、広告量を増やせばいい。閑散期は広告を止めればいい。そして、どうしても「人が伝えないといけない部分」は営業マンが実行する。
企業が商品を売るための販管費(=人件費を含むコミュニケーションコスト)の最適化を行うことが、広告の社会的な役割だ。
高速道路がなくなっても、経済は回る。だが、生産性は圧倒的に落ちる。広告も同じ理屈だ。広告がなくなっても経済は回る。だが、生産性は圧倒的に落ちる。
魅力的な観光地がなければ、そもそも高速道路はいらない
もう1つは、広告にも「目的地が必要」だということだ。
例えば過疎地に高速道路を作ったとしても、お金の無駄に終わることが多い。そもそもその地域に行く人が少ないからだ。十分な通行量がなければ、高速道路はいらない。
同様に、「その商品を買いたい」というユーザーがいてこそ、初めて広告は意味がある。「広告だけ打っても意味がない」のではなく、「元々需要のない商品に広告を打っても意味がない」という方が正しい。
つまり、
・経済全体の効率性を高める
・そもそもの需要がなければ、それ単独では消費の対象にならない
という視点から「広告=社会インフラ」に近い。
広告は社会インフラであり、目的は「コミュニケーションコスト(販管費)の最適化」。良い商品を適切な場所に届けるために必要なコストを下げることを担っている。
広告代理店は、「ソムリエ」に近い
では、広告を担う広告代理店の役割はなんなのだろうか? 電通や博報堂の役割はなんなのだろうか?
結論からいうと、広告代理店が持つ役割の1つ目は、「ソムリエ」に近い。
ソムリエの価値は、数多くあるワインの中から、お客さんの趣向に一番あったワインを選び、提案することに尽きる。シーズンによって味も変わり、料理との組み合わせもある中、専門知識が要求される。
ワインが100万種もあると言われるように、日本には雑誌・テレビだけでも数え切れないほど広告枠が存在している。ウェブサイトも含めると天文学的な数字になる。もちろん、海外の媒体もある。
素人でその全てを見分けるのは難しい。対して、代理店の「メディアプランナー」と呼ばれる仕事は、この見分けをひたすら繰り返す専門職に近い。
メディアのプロと称され、「どのワインがクライアントにとってベストか?」を見極める「ソムリエ」。これが広告代理店の役割の1つ目だ。
社会に「安心」をもたらすことが、本来の役割
広告代理店が持つ役割の2つ目は、意外にも社会に「安心」を提供することにある。
広告代理店は、広告主とともにブランドを作り出すことを目指す。そしてブランドを生み出すことで、社会にもたらされる価値の1つは「安心」にある。
どういうことだろうか?
あなたは、海外に旅行にいった時に、どの店に行けばいいか分からず、結局、チェーン店(マクドナルドなど)やホテルのお店で食事を済ませてしまったことはないだろうか。その理由はシンプルで「安心だから。他に良い店を探すのが面倒だから」。
ノンブランドの商品は50円でも買わないのに、「生茶」「伊右衛門」「お〜いお茶」というブランド名が付けば、150円でも買う。この100円の差額に含まれる要素の1つは、「安心」。ブランドは、商品を知っている人々にとって、「品質が管理されている」という分かりやすいマークになる。
そして人々は、「安心にはお金を払う価値がある」と考える。
大手広告代理店(電通や博報堂、ADKなど)には「広告主審査」という役割がある
さらに、あまり知られていないが、媒体社(テレビ局、新聞社、ヤフー(Yahoo! JAPAN)など)や大手広告代理店には「広告主審査」という役割がある。商品自体に問題があったり、財務的に危ない企業の場合、広告出稿自体を断るのだ。
もちろん、すべての企業を完璧にチェックすることはできない。だが、それは「監査法人でもないのに、不正を外部から完璧に見抜け」と言っているようなものだ。実は目に見えないだけで、広告代理店が、怪しい広告を事前に見抜き、広告出稿を断っている数の方が不正な広告の量よりはるかに多い。
当然、広告代理店だけではブランドは作り出せない。だが、代理店がその一助を担っている企業も多く存在するのも事実だ。
好きな芸能人がいること = 幸せのベースラインを上げる
ブランドのもう1つの役割は「幸せのベースラインを上げること」にある。
冒頭に出てきた北海道出身の彼の話をしたい。彼の父は、大のアイドル好きらしい。ある時、実家に帰ると、父親がDARSというチョコレートを大量に購入していた。彼は不思議に思って、尋ねてみた。
「なんで、急にDARSばっかり買いだしたの?」
父は答えた。
「CMに好きなアイドルが出ていたから」
つい最近まで全く興味がなかったチョコレートを、大量に買い出した父。理由はただ「好きなアイドルがCMに出ていた」というだけ。
だが、彼の父親は明らかに幸せそうなのだ。チョコレートを食べる度に好きなアイドルを思い出せる。それだけで少し幸せになれるというのだ。
50円でも買わない商品を、ブランドが付くだけで、150円払う。その差の100円には、「安心」以外にこの役割があるということだ。
ブランドは「幸せとは何か?」には答えてくれない。だが、日々の幸せのベースラインを上げてくれる効果がある。好きな芸能人がいることと同じ効果だ。
ここまでの要約:広告代理店、電博(電通・博報堂)の役割
日本は島国な上に、国土が縦横に細長い。そのため、多くの人に商品を知ってもらうための、コミュニケーションコスト(=広義の販管費)が従来から高かった。東京集中型の経済が確立するまでの長い間、「広告は社会のインフラ」として暗躍してきたのだ。広告代理店が存在してきた意味は見えづらいが、極めて大きかった。
では、今後はどうなるのだろうか?
電博(電通・博報堂)の未来を語る上では、3つの論点が重要になる。
1. 電博(電通・博報堂)がつぶれることはありえるのか?
2. インターネットの出現によって、電博(電通・博報堂)のビジネスは何が変わったのか?
3. 今後、電博(電通・博報堂)が社会に果たすべき役割はなにか?
──後編では、上記の3点について述べたい。
・電通・博報堂・ADKの違いって何?広告業界が気になる就活生のための、すぐにわかる違いと強み
執行役員 北野唯我(KEN)
──Twitterはこちら:@yuigak
──ブログはこちら:『週報』ー思考実験の場。
──記事一覧はこちら:ワンキャリア北野唯我(KEN)特集